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7月17日 軽井沢 3日目
やはり飲み過ぎたのか、目覚ましが鳴ったのにも気づかなかった。目覚めたのは7時50分。慌てて起きあがると、居間で寝ていたマージとワルテルが駆けつけてくる。ワルテルはともかく、マージが朝からこんなにテンションをあげるのは久しぶりのことだ。東京では面倒くさそうに起きて、よたよたと歩きながら近寄ってきて、わたしにおはようのキスをする。なにもかもが億劫そうでおざなりだ。それなのに、マージは息を荒げながらわたしの顔を舐めようとする。
そんなに散歩が待ち遠しいのか。
二匹に寝坊を謝りながら起きだし、まずは水をやる。ワルテルは一気飲みだが、マージはやはり飲まない。
スープを作る気力がなかったので、ケーナインヘルスを煮込み、サーモンの切り身をレンジでチンする。鮭の匂いを嗅ぐと吐き気がこみ上げてきた。中度の二日酔いだ。
ケーナインヘルスが冷めるのを待たなければならないので、二匹を連れて車に乗りこむ。再び、湯川ふるさと公園へ。マージとワルテルが期待に胸弾ませているのが伝わってくる。空は晴れ渡っているが、湿度が低い。爽快な朝だった。
公園には先客が(もちろん、犬連れの)数組いたので、公園を突っ切って、その先にある沢に向かう。マージはノーリード、ワルテルはリード付き。軽井沢にいる間に、ワルテルのステイとカムを完璧にさせようかとぼんやり考える。
10分ほど歩いただけだが、マージの息が荒い。疲れているのだろう。
「マージ、少し休もうか?」
声をかけたが、マージはまっすぐ前を見つめたまま歩き続けた。
そうか。楽しすぎて、休むなんて勿体ないか。
沢にはだれもいなかったので、ワルテルのリードを放してやる。ワルテルはへっぴり腰で川岸に立ち、川面に顔を近づけて水の匂いを嗅いだ。せせらぎの音が耳に心地よい。
マイナスイオンの効果か、20分もそこにいるとわたしの二日酔いも収まってきた。ワルテルはまだまだ元気だが、マージが辛そうになってきたので帰途につく。
車に乗ると、マージはすぐに眠りに就いた。
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| 気持ちのいい空気だな。病気にも効いてくれ。 |
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| へっぴり腰で川面を覗きこむ。 |
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別荘に戻ると、犬たちの呼吸が落ち着くのを待って、ケーナインヘルスを与えた。あっという間の完食はいつものことだが、食後、マージはワルテルの食器から水を飲んだ。普段は食後は水を飲まないのだ。よっぽど喉が渇いていたのだろう。
「だから、朝水を飲めばいいんだよ、マージ」
頭を撫でてやると、マージは体を震わせた。唾液が混じった水がわたしの顔にかかった。
「ばっかやろう、水飲んだあとにぶるぶるするなっていつもいってるだろう」
苦笑しながら、わたしはマージの頭を軽く叩いた。マージは嬉しそうだった。
わたし以上の二日酔いでベッドに伏せっている連れあいを叩き起こし、早めの昼食を取った。
ごま油を敷いたフライパンで焼いた明太子、納豆、ナムル、梅干し。
二日酔いはどこかに消えてしまった。
* * *
食後は仕事だ。しかし、なかなかギアがトップに入らない。木漏れ日がわたしを誘っているように思える。犬たちと外に出かけたい−−そんなことばかりが頭をよぎって、書かなければならない小説は遅々として進まない。
午後3時少し前、空が暗くなり、雷鳴が轟いた。それもすぐ近くに落ちている。山にいるのだということを実感させる天気の変わりようだ。マージは元々雷が苦手だったので早速部屋の隅で身体を縮ませ、ぶるぶると震えている。東京では雷なんて屁でもないワルテルもバスルームに逃げ込んで出てこない。
怯える二匹を写真に撮ろうと思ったのだが、デジカメのバッテリーが切れていた。残念。
雷と共に雨が降り出し、徐々に森が湿っていく。空気に甘い香りが混じりだし、密度を増しながらその勢力を広げていく。
雨に濡れた森の匂いは、わたしが愛するもののひとつだ。うっとりする。仕事が手につかない。
雷は一時間ほど暴れ回った後で唐突に消えたが、雨は晴れ間が広がっても降り続けていた。暗い影が落ちた地面に木漏れ日が差し込み、しかし、大粒の雨が木の葉を叩き続けている。
仕事を切り上げ、マージと外に出る。地面は湿ってじとじとしているが、雨音の向こうに、木々が呼吸する音がかすかに聞こえる。マイナスイオンが充満した空気がわたしとマージを穏やかに包み込んでいく。
ベランダの窓からワルテルがこちらを見つめ、ぼくも遊びたいと尻尾を振って主張していた。
わかったよ。ワルテルも外に出し、ひとりと二匹で雨に打たれながら歩き回った。
* * *
散歩の後は人間と犬たちの夕食の支度なのだが、その最中、アロー建設S氏がやって来た。昨日、連れあいが素敵な建売住宅を見つけたと騒いでいたのだが、その物件を見に行こうという。
料理を中断して、Sさんの車に乗った。雲場池の近く、道路からちょっと引っ込んだところにアメリカンモダンな家が建っていた。なるほど、連れあいが入れ込むわけだ。敷地は170坪、延べ床面積は120平米。建売とはいえ、丁寧に丁寧に造られたことがわかる。わたしがなにより気に入ったのはキッチンだった。白いタイルの調理台、広々としたキッチン、使い勝手の良さそうな収納−−今住んでいる貸別荘のキッチンが貧弱なだけに、目を奪われる。
値段は5800万。連れあいは、わたしに買えないのなら、自分でローンを組んで買うといいだした。おいおい、本気かよ?
Sさんと真剣に話しこんでいる連れあいを促して帰宅、食事の支度を再開する。
犬たちにはケーナインヘルスと生の馬肉。人間には、ツルヤという有名な大型スーパーマーケットが軽井沢にあるのだが、そこのオリジナルの冷凍ハンバーグ。ブロッコリとズッキーニを茹でて付け合わせに、副菜にはトマトとバジルとモッツァレラチーズのサラダ。赤ワイン、ケチャップ、醤油、ガーリックバター、牛乳を煮詰めたソースをハンバーグにかける。ハンバーグも冷凍とは思えないほど旨いが、それ以上にソースが旨いとお褒めの言葉をいただき、満悦する。
食後はコーヒーを飲みながら、H.Upmann Connaisseur #1を吸う。葉巻も東京よりはっきりと旨く感じる。
* * *
夜、マージとワルテルを敷地内で散策させた後、マージにフコイダンの溶液を飲ませた。もちろん、毎日飲ませているのだが、軽井沢に来てから忙しさにかまけて、マージのしこり(腫瘍)の大きさをチェックするのを怠っていたのを思いだし、胸のしこりに触れてみた。
小さくなっている。
勘違いではないかともう一度触れてみる。軽井沢に来る前に、東大で検査をし、しこりの大きさに変化はないと診断を受けたばかりだったのだ。1・5センチ四方の黒い石のような塊がマージの胸と喉の間にぽつりとできていた。本当に、皮膚の内側に石が詰まったかのようなしこりだ。それが柔らかくなっている。なんといったらいいのか・・・そう、お手玉を指先で触ったような感触に変わっているのだ。
悪性の腫瘍が減っているのだろうか−−かすかな希望を抱きながら、マージの後ろ足のリンパ節に触れてみた。しこりの大きさは変わってはいない。喜びとわずかな失望が交錯した。しかし、間違いなく喜びの方が大きい。
マージの胸のしこりは小さくなりつつある。それだけは確かだ。軽井沢に来て、マージの免疫力はあがっている。そう信じたい。
* * *
幸せな気分に包まれつつ、ポルトガルの緑ワインとラフロイグを飲み、Partagas Short CS. とLe Hoyo des Dieuxを吸う。連れあいがまた夕方見た家の話をはじめたが、わたしは真剣に耳を傾けた。
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