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7月18日 軽井沢 4日目
目覚めて真っ先に、マージの胸のしこりに触れてみた。間違いない。小さくなっているのだ。
小躍りしながら人間と犬たちの朝飯の支度をはじめた。犬たちにはトマト、ズッキーニ、軽井沢菜、煮干しのスープをご飯にかけ、さらに鰹のなまり節とヨーグルト少々をかけてやる。完食。人間の朝食は、ミニトマトとキュウリのサラダ、ツルヤで買ったチーズ入りソーセージのソテー、食パン2枚、牛乳一杯。もちろん、完食する。
食後は犬たちと遊びに行く。今日はアロー建設が経営するスポーツパーク軽井沢というところのドッグランを探検しにいくことにした。木が生い茂った広くて素敵なドッグランだったが、すぐ脇の公園で犬のフリスビー大会が開催されていて、犬たちの吠え声がかまびすしい。普段はリードを外すと好き勝手に歩き回るマージが、わたしのそばにくっついて離れない。表情は緩んでいるが、自分の縄張りではない場所で他の大勢の犬たちの気配に警戒しているというところだろうか。ワルテルも、フリスビードッグたちの声に興味を示しつつ、おそるおそる行動している。
小一時間ほどドッグラン内を歩き回ってから帰宅すると、注文していた除湿器が届いていた。除湿器を運転させ扇風機を回すと、もう、極楽。これが高原の避暑だぜ。やはり、湿度は人を不快にさせるのだ。
除湿器と扇風機の悦楽に浸っていると、床に落ちていたなにかをワルテルがぱくりとくわえた。連れあいがたしなめようと近づくと、ワルテルは身体を低くして唸り、連れあいを威嚇する。これはいかんとわたしが連れあいの代わりに口にくわえたものを取り上げようとしたが、ワルテルはあろうことかわたしにも唸った。
これは捨ててはおけない。ワルテルの上にのしかかり、耳を掴んでその先端を囓る。ワルテルは悲鳴をあげ、小便を漏らした。
馬鹿者め。
ワルテルを甘やかしている連れあいが悪いのだが、だからといって人間をなめた犬に育てるわけにはいかない。とっちめられたワルテルはしょげかえっている。しばらく無視していると、わたしの横にやって来て座り、お手をした。
ゆるしてください−−ゆるしてやろう。
ワルテルの頭を撫でてやると、尻尾がぶんぶんと音を立てて左右に揺れた。
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| 知らない犬がたくさんいるあっちが気になるなあ。 |
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| なんだかわからないけど、逃げておこう……。 |
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ツルヤで買った冷凍グラタンをレンジで調理して昼飯。その後、連れあいが東京に帰っていった。
今日から木曜までは、文字通り、わたしと犬たちだけの生活がはじまるのだ。別荘を出て行く連れあいをワルテルが不安そうに見送った。マージは朝の運動で疲れているのか、熟睡したまま起きることもない。
徐々に気温が高くなっていくのを感じる。外気温も上がっているだが、それ以上に室内の温度があがている。除湿器のせいだ。除湿はするが熱風も吐き出す。いたしかたない。そういえば、藤田宜永も、軽井沢はここ数年でとても熱くなったといっていた。昔はエアコンなど必要なかったのに、ここ2、3年は真夏にはエアコンを入れるらしい。
結局、熱くても湿度が低い方がいいと、汗をかきながら仕事をする。
4時に仕事を終え、犬たちを外に出した。軽井沢は今年初の夏日だったらしい。昨日までに比べると確かに蒸し暑いが、犬たちはそんなことにはお構いなしで歩き回る、駆け回る。
ワルテルのウンチがゆるい。食べさせすぎかな。しかし、マージもワルテルも本当に楽しそうだ。
* * *
午後5時にアロー建設S氏が、とりあえず算出したという数字を持ってやってくる。例の、あの家の件だ。なんだかんだで6300万。なんとか6000万にならないものだろうか。連れあいが軽井沢に戻ってきたらもう一度相談して連絡するとSさんに告げるにとどめる。
マージたちの晩ご飯はケーナインヘルスに生の馬肉。お腹の緩いワルテルは少なめにした。食い足りなさそうな顔でマージの口もとに匂いを嗅いでいるが、いたしかたない。
わたしはひとりなので、食事を作る気力もなく、別荘地近くの「ごはんや」というレストランへ行く。徒歩30秒の距離。生ビールの中ジョッキ一杯、メカブと長ネギのわさび和え、鶏そぼろとじゃこと野沢菜の混ぜご飯を食べた。味はまあまあ。
食後は、もう少し仕事を頑張ろうと思っていたのだが、ソファに横になるとビールがいけなかったのか睡魔に襲われ、抗うことができなかった。目覚めたのは午後9時だ。
* * *
ワルテルが追いかけっこしたいとせがむので、わたしは走った。ワルテルがあっという間にわたしを追い越していく。なのに、激しい息づかいがすぐ後ろで聞こえた。怪訝に思って振り返ると、マージが一生懸命走っていた。思わず立ち止まり、呟いた。
「マージ、走れるのか?」
マージは舌をだらりと垂らして喘ぎながら尻尾を振っている。
「マージ、走ったのか……」
わたしはマージを抱きしめた。マージが走る姿は、過去6ヶ月、まったく目にしたことがなかったのだ。辛そうに、苦しそうに歩く姿しか目にしたことがなかったのだ。軽井沢に来てからも、嬉々として歩き回る、動き回る彼女しか見たことはない。彼女の衰えた筋肉はもう走ることに耐えられない−−そう思いこんでいた。
「マージ、もう少し走れるか?」
静かに語りかけ、後ろを見ながらわたしは小走りに駆けた。マージが後ろの左脚を引きずりながら、それでも懸命についてくる。走ってわたしを追いかけてくる。
「ワルテル、マージが走ったぞ!!」
他の宿泊客に迷惑がかかるかもしれないと思いながら、わたしは叫んだ。叫ばずにいられなかった。ワルテルがすっ飛んできて、マージにまとわりつく。マージはうるさいとばかりに一声、吠えた。
マージは笑っている。夜の森の中をえっちらおっちら走りながら、笑っている。走れる距離は10メートルといったところか。それでも、彼女は久しぶりに走ることを楽しんでいた。
わたしも汗をかきながら何度も走った。マージのために。自分のために。マージの喜びはわたしの喜びだった。
* * *
夜の散歩を終えると、二匹はたちまり深い眠りに就いた。わたしは赤ワインを開け、ひとりで乾杯した。マージのしこりが小さくなった、マージが走った。自分自身の呟きを肴にしながら何度もグラスに口を運ぶ。ワインが終われば、ラフロイグのストレートだ。Juan Lopez PatriciaととっておきのCohiba Robsutoをふかし、悦に入っていた。ひとりきりの酒宴はつい度を超し、気がつくと時計の針は午前2時を指そうとしていた。
歯を磨き、顔を洗い、二匹の鼻面にそっと口をつけてベッドに潜り込んだ。
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| 散歩の後はいつも爆睡。 |
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| 借りている別荘のリビング。散らかってるなあ。 |
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| こちらは寝室。狭い。 |
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