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7月24日 軽井沢 10日目
目覚ましが鳴ったこと、目覚ましを止めたことは覚えている。が、次に気づくと、目覚ましは8時半を指していた。
慌てて飛び起きると、犬たちが待ちかねたというようにまとわりついてきた。食事の支度をはじめようと冷蔵庫を開けたが、昨日、スープを作っておくのを忘れていたことに気づいて愕然とする。
仕方がないのでケーナインヘルスと生のサーモンを一緒に煮込み、冷めるのを待つ間に散歩に出る。
早く飯を食わせろと騒いでいた犬どもだったが、散歩の支度をはじめると、急に態度を変え、そわそわしはじめる。
ご飯も散歩も、比べられないほど好きなのだ。外に出てすぐ、ワルテルがウンチをした。弾力のあるいいウンチだ。歩く姿も辛そうではない。走らせても問題ないだろう。
今日もスポーツパークのドッグランだ。空は半分以上雲に覆われているが、雲の合間から日が射してきて、むっとする。スポーツパークの木陰で30分ほど遊び、別荘に戻る。
冷めたケーナインヘルスに一番搾りのごま油というものと天彌をかけ、混ぜ込んで与える。地獄の亡者もかくやという食いっぷりだ。
久々の朝食抜きで、わたしも凄まじい空腹を覚えていた。なにか作ろうと考えていると電話が鳴った。アロー建設の清水さんからだった。
例の建売の家を買うのはやめたと告げる。あれはいい家だが、犬を飼うことを前提にした造りではない。だったら、いい土地を探して、自分たちで家を造りたい。ついては協力してください。
一昨日、連れあいと深夜まで話し合って得た結論はそういうことだった。マージはもう階段はあがれない。ワルテルだって、8年後、10年後には階段を上がれなくなるだろう。大型犬と暮らすための家なら、生活スペースのほとんどを一階に集中させたものを作る必要がある。段差のない滑らない床、涎や尿が飛び散っても、簡単に掃除できる床、ある程度駆け回れるだけのスペース−−そうしたものが必要なのだ。そのためには、建坪率に制限がある軽井沢では、もっと広い土地が必要だ。我々の目的に叶った土地を探し、家を建てたい。我々は犬のために軽井沢にやって来て、この地を気に入ったのだ。だから、犬のための家がいる。一年365日、軽井沢で暮らすことは考えられない。だが、一年の3分の1はこちらで暮らしたい。そのための家を造ろうと思います。
わたしはそう告げた。
清水さんはわかりましたと朗らかに答えてくれた。
* * *
結局、中途半端な朝飯は諦めて、12時まで仕事をしてから昼飯の支度にかかる。女性陣が残していったパンと、オムレツ、焼いたベーコン、野菜ジュース。
パンの匂いにマージが目覚め、うかがうような視線を向けてくる。これが連れあいならすぐに真横に移動して、つぶらな瞳でじっと見つめるのだが、相手がわたしとなるとわたしの機嫌を見極めなければならないのだ。
わたしの機嫌が良いと察して、マージは近づいてきた。そう、確かにわたしは機嫌が良い。しかし、それとこれは別だ。
「マージ、このパンはおれが食べる分しかないよ」
どうやらパンはもらえないと悟ったらしい、マージは鼻を鳴らして腹這いになった。おやつがもらえるのかと起きだしてきたワルテルも、マージの態度を見て、また眠りに就く。
パンは固くなっていたが、オムレツもベーコンも美味だった。
コーヒーを淹れ、葉巻を吸い、このままベッドに横たわりたいという欲望と戦いながら、仕事を再開した。
* * *
午後3時50分にワルテルが起きだし、わたしの周囲をうろつきはじめた。タイマーいらずだなあ。二匹に水を飲ませ、外に出る。午前中は蒸し暑かったが、空はすっぽりと雲に覆われ、気温もぐんと下がっている。森の中を歩きながら、木の枝を放ってワルテルを走らせていると、マージが足元にあった枝をくわえて囓りはじめた。
「なんだよ、マージも遊びたいのか」
ワルテルのとは別の枝を選び、近くに放ってやると、マージは戦車のように突進し、枝をくわえ、地面に伏せてごりごりと囓りだした。囓るだけならいい。しかし、囓り取った木片を食べている。
「マージ!」
慌てて止めに入った。若い頃とは違って、胃腸が弱っているのだ。こんなものを食べて、あとでどうなるかを考えると目眩がしてくる。わたしの勢いにおそれをなしたのか、マージは渋々、囓っていた枝を諦めた。
「固いものを囓りたいなら、夜、おやつでやるから」
聞き分けの良かったことを褒めながら、わたしはそういった。軽井沢に来て、マージは間違いなく若返っている。しかし、それは精神面のことで、肉体はまだ衰えたままだ。肉体と精神のバランスがうまく取れればいいのだが・・・。
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| 年の割に歯はしっかりしてるんだよな。 |  |
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| 東京じゃこんな顔はなかなか見せてくれない。 |
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30分ほど歩いて、別荘に戻る。散歩が終わった後の犬たちの興味は、食事に集中する。ケーナインヘルスを煮て、馬肉を包丁で細かく切っている間、入れ替わり立ち替わりキッチンに入ってきてはわたしに叱られる。
アロー建設清水さんからもらったアサリがまだ大量に残っている。そろそろ火を通しておかなければ悪くなってしまうので、今夜は自分の食事も料理することにした。ベーコンと小松菜、キャベツの炒め物。漬け物各種。納豆。それに、アサリのみそ汁だ。しかし、アサリが多すぎてみそ汁というよりはみそ味のアサリ鍋といった赴き。とにかく身をほじっていく。
管理室から携帯ガスコンロを借りて料理に活用しているのだが、ガスボンベの残りが心許ない。というわけで、炒め物は電気コンロで作ったのだが、案の定、べたついてしまった。明日、ガスボンベを買い足しておくのを忘れないようにしなければ。
マージたちはいつものように電光石火の速さで食事を終え、気持ちよさそうな眠りについていた。
食後、横浜のプレマ動物ナチュラルケアクリニックに電話した。組織細胞治療の薬は届いたが、今、ドイツ語の説明書と格闘しているところだという。軽井沢にいても皮下注射だからご自身で打てば大丈夫といわれていたのだが、どうやら最初の一週間は毎日筋肉注射をしなければいけないらしい。せっかく軽井沢でマージの体調が良くなっているのに、一週間も東京に滞在するのは、できれば避けたかった。プレマの先生と相談し、軽井沢の菊池動物病院に注射を打ってもらえないかどうかお願いしてみることにした。他の医者が処方する薬を注射だけしてくれというのもどうかと思うが、菊池先生なら引き受けてくれそうな気がする。
菊池動物病院の診察時間が終わっていたので、菊池先生にメールを送った。
マージの治療に関することを片づけ、食べ終えた食器を洗ったら、後は仕事だ。働きたくはない。が、働かねば軽井沢での滞在費が捻出できない。ジレンマに苦悶しつつ、パソコンに向かった。
開け放った窓の向こうで、雨が木の葉を打つ音が聞こえてきた。
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ヘルニアのせいで後ろ足を引きずって歩くマージに靴は必需。
毎日歩いているせいでぼろぼろになってきた。新しいのを頼まなきゃ。 |
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9時に仕事を終え、強張った身体を伸ばす。犬たちが起きだしてきて、期待に輝いた目でわたしを見上げる。
「待てよ。少しぐらい休ませてくれよ」
疲れのせいで目が霞み、首が凝りに凝っている。いずれ、マッサージか整体に行かないと大変なことになりそうだ。
雨はまだ降り続け、しばらくはやみそうにない。ソファに寝ころんだが、そのままでは眠ってしまいそうだったので、犬たちのリクエストに応えることにした。
木々に遮られているせいで、別荘地に降る雨はまばらだったが、予想外の雨が敷地の外では降っていた。天然の傘の下を歩いていても、雨粒が時々こぼれ落ちてくる。わたしもマージもワルテルも、少しずつ、確実に濡れていく。
これはたまらんと、早めに散歩を切り上げた。横着をしないでカッパを着せれば良かったのだろうが・・・。
二匹の足を拭き、水を飲ませ、鶏肉のガムを与える。
マージは満足して眠りに就いたが、ワルテルは明らかに体力を持て余している。遊んでやりたかったが、わたしがワルテルと遊ぶとマージが猛烈に怒りだすのだ。連れあいがいないと、こういう時が辛い。部屋の中をうろついているワルテルをそっと呼び寄せ、抱きしめて可愛がってやる。
マージはなにも気づかずに死のような眠りを貪っている。
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| あ・・・ソファにあがってるところ見つかってもうた。 |
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| 食い意地の張り合い・・・鶏肉のガムにかぶりつくマージ。 |
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| 同じくワルテル。 |
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