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7月25日 軽井沢 11日目
体力が余っているワルテルが部屋をうろついている気配で一旦目が覚めた。目覚ましは6時を指している。唸りながら寝返りを打ち、目を閉じた。わたしが起きたことを察したワルテルがやって来て、わたしの腰を鼻でつつく。無視していると、諦めて消えていった。
再び目覚めたのは7時半。今度はマージもやって来て、わたしを本格的に起こしにかかった。梢の間から日が射している。今日は暑くなりそうだ。
犬たちにご飯をあげるより先に外に出た。気温が上がる前に散歩を済ませておきたかったのだ。これだけ日が照っていると、野っぱらではマージがばててしまう。今日もスポーツパークのドッグランだ。道路はまだしっとりと濡れていてた。雨があがったのは明け方なのだろう。ドッグランの地面も湿り、マージが歩きにくそうだった。ワルテルはひととおり木に覆われた区域を探索し終わると、日なたの芝生に出て走りはじめた。昨日はよっぽど欲求不満が溜まっていたのだろう。涎をだらだらと垂らしながら、しかし、休むことなく走り回っている。マージとわたしはといえば、木陰に佇んで、そんなワルテルを眺めていた。日なたが大好きな一匹と、日なたが苦手なひとりと一匹にわかれて、その後も散策を続ける。
「なあ、マージ。あんな日の当たるところにいたら、足元から湿気が立ちのぼってきて冗談じゃないよな」
わたしの声に、マージはもっともだというように目を細めた。
小一時間もすると、わたしの方が猛烈な空腹に襲われて我慢できなくなってきた。マージたちを促して帰途につく。
マージにフコイダンを飲ませ、ワルテルの脇腹に薬を塗る。傷の周りの毛が血や膿で固まっているが、傷口はずいぶん乾いてきた。マージが同じような状態になった時はこんな傷で痛くないのか、大丈夫なのかと大いに心配したものだが、二匹目はもう慣れてしまってなんとも感じない。この点でも、ワルテルは可哀想かもな。
マージたちのご飯はレンジでチンしたメカジキとスープ、二〇穀米入りご飯、すりゴマ、ヨーグルト、オリーブオイル。
わたしは中途半端な時間なので、シリアルを少なめに食べた。
満足げな犬たちを残してツルヤ買い物に行く。わたしの目薬とガスボンベ、それに食料を少々。国道18号沿いにあるデジタル気温計は25度を指していたが、車窓から差し込んでくる陽射しは強烈で、エアコンを最大にしていても汗ばんでくる。明日は東京に帰らなければならないので、ガソリンスタンドで燃料を補給して別荘に戻った。
マージもワルテルも、まるで丸一週間放っておかれたというような騒ぎ方でわたしを出迎えてくれる。シャワーを浴び、日記を書き、昼飯の支度をする。明太子に納豆、紅ショウガ、梅干し、そしてアサリのみそ汁。
ワルテルがわたしの膝に顎を載せてくる。なにか落ちてこないかと待ち構えているのだが、普段、こういう態度は連れあいに対してしかしない。わたしにやれば叱られるからだ。だが、軽井沢にいる時のわたしは甘いと、ワルテルも遅まきながら気づいたようだ。ずっとわたしの膝の上に顎を置いたまま、鼻をヒクヒクと動かしていた。
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| 木漏れ日の下のマージ。
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| ずんずん歩く。 |
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| 後ろから魔犬2号がついてくる。 |
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| なにも悪いことしてませんけど。
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食後は仕事に没頭。犬たちは眠っている。陽射しはいつしか雲に遮られ、気温もどんどん下がっている。台風が接近しているらしいが、その影響だろうか。
またもや午後4時前にワルテルが起きだし、わたしの周りをうろちょろしはじめる。
「わかったよ、散歩に行こう」
狂喜乱舞する犬たちと外に出て、新鮮な空気を肺一杯に送り込む。別荘地のすぐ横を国道18号が走り、交通量も多いのだが、排気ガスのはの字も感じられない。午前中の日光を浴び続けていた木々が大量の酸素を吐き出して、排気ガスを遮断しているのだ。
空を見上げると、分厚い雲がかなりのスピードで移動している。台風の足音がひたひたと聞こえてくる。
30分ほどで散策を切り上げ、犬たちの晩飯の支度に取りかかる。今日もケーナインヘルスに生の馬肉。犬たちは文句をいうどころか、目をきらきらと輝かせてできあがりを待っている。
6時少し前にご飯を与え、食べ終わるのを待って、わたしはまた近所「ごはんや」に行く。また、別荘地を深く濃い霧が包み込んでいた。
こんがり焼いた鶏むね肉のご飯セット(ご飯、みそ汁、漬け物)を頼む。うん、皮がぱりっと焼けていて香ばしく、美味しい。
食べ終わって店を出ると、霧が大粒の雨に変わっていた。小走りに別荘に戻り、犬たちの出迎えを受けながらバスタオルで身体を拭いた。これはちょっととんでもない大雨になりそうだ。
犬たちをなだめ、コーヒーを淹れ、葉巻を吸う。雨音がすべてを聾し、車の音も人の気配も遠ざかっている。この世界にわたしと犬たちだけ−−そんな気分もまた葉巻の味わいにこくを与えてくれる。
もう少し仕事をしなければならないのだが、身体がいうことをきかなかった。ソファに横になり、東京ヴェルディ対レアル・マドリー戦を見ているうちに、不覚にも−−案の定、睡魔に襲われていた。
目覚めたのは8時半。雨音はやや小さくなっていたが、目覚めの煙草を吸っていると、また辺りを聾するような音で強まっていった。
「マージ、ワルテル、今夜の散歩はしっことウンチで終わりだぞ」
さすがの森も、台風がもたらす豪雨には戦いを放棄したようで、別荘地のいたるところにぬかるみができている。
台風関連のニュースを見ながら雨の様子を見守った。どうやら、台風は明日の夕方から夜にかけて東海か関東に上陸する予定らしい。うーん、わたしは明日の晩飯を軽井沢で食べて、その後東京に出発する心づもりだったのだ。台風が日本列島を蹂躙するそのただ中を突っ切っていくことになるのか。予定を変更することも考えておかねばならないな。
一時間ほど待ってみたが、雨足に変化はなかった。マージとワルテルにレインコートを着せ、外に出る。マージとワルテルは小便はしたが、凄まじい雨粒におそれをなしたのか、大便をしようとはしない。10分ほどうろついたがその兆しがまったく見えないので、這々の体で別荘に帰る。マージは全身を覆うタイプのレインコートなのでそれほど濡れてはいないが、ワルテルはずぶ濡れだ。まだ成長するからと思い、全身タイプは用意していないのだ。
吸水性の高いタオルで二匹の全身を拭き終わると、わたし自身はぐったりと疲れていた。マージはすぐに横になったが、ワルテルは遊び足りないという顔で部屋の中を歩き回っている。
仕方がない。
「ワルテル、おいで」
引っ張りっこ用のロープを取りだしてワルテルを呼ぶ。ワルテルがロープの端を噛んで、綱引きが始まった。寝ていたはずのマージが顔をあげて吠える。何度も何度も吠える。だが、その吠え声も雨音にかき消されて、他の客の耳には届かない。
「マージ、今日はゆるしてくれよ」
ロープを引っ張りながら、マージに話しかける。だが、マージはわたしなど目に入らないという勢いで、ワルテルに吠えている。おそらく、興奮したワルテルの身体からなんらかの匂いが発散されているのだ。マージはその匂いが気に入らなくて吠え立てる。
あまりにその吠え方が凄いので、結局、わたしとワルテルの綱引きは10分も続かなかった。
「ごめんな、ワルテル」
ロープをくわえたままのワルテルの頭を撫でる。まったく、困った婆さんだ。ワルテルはしばらくわたしのそばで遊びの再開を待っていたが、希望が叶えられないと悟ると、部屋の隅に行ってひとりでロープを噛んで遊びはじめた。不憫な子だ。
「マージ、マージは寝てるだけなんだから、別におれとワルテルが遊んでもいいだろう?」
マージはふんと鼻息を荒げて、また床に横たわった。
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| ワルテルはいつもうろちょろしているのでなかなか写真が撮れない。
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| 喉渇いたーっ。 |
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| レインコート、似合ってる? |
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シャワーを浴びて、赤ワインを開ける。葉巻をふかしながら、テレビのチャンネルで台風情報をチェックする。しかし、台風の進路予想に変化はなかった。明日の夕方から夜にかけて、上陸する。台風の北側で大量の雨雲が発生し、その暴風域は広い。
「どうしたもんかなあ」
ぼんやりと明日のことを考えながら、ワインと葉巻の陶酔にわたしははまりこんでいく。
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