軽井沢日記
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7月26日 軽井沢 12日目

 目覚ましの電子音で目が覚める。昨夜来の雨は同じ激しさで木々と土を打っていた。カーテンを閉めたままの薄暗い寝室で、しばし雨音に耳を傾ける。ワルテルがやって来て、布団の上に顎を乗せた。
「おまえも雨の音を聞いてるのか?」
 頭を撫でると、ワルテルは笑いながら尻尾を振った。居間に行くと、マージが不機嫌そうにわたしを見つめた。異臭がする。トイレシートの上に、ワルテルのウンチがこんもりと乗っていた。やはり、昨日の夜しなかったからなあ。
「マージ、この匂いの中に何時間ぐらいいたんだ?」
 鼻をつまみながらウンチの処理をする。ウンチはすでに冷たくなっている。ひりだされてから3時間−−そう予想する。
 マージは潔癖な犬なのだ。教えたわけでもないのに、一歳になるころには外でしか用を足さなくなった。それなのに、ワルテルが来てからは家の中にいつも尿か便の匂いが漂っている。マージにとっては不快なことこの上ないだろう。
 ウンチをトイレに流して、部屋中のカーテンを開けた。別荘地はすっかり豪雨に陵辱されていた。いたるところが舗装された東京と違って水はけはいいはずなのに、地面はぬかるみ、昨夜以上にぬかるみや水たまりが増えている。溜息をつきながら着替え、マージたちにレインコートを着させた。
 土砂降りの雨の中、外に出る。犬たちは空を見上げ、目を細めた。マージは当然として、この数日の経験で、ワルテルも雨の時は自由に走り回らせてもらえないことがわかってきている。二匹とも憂鬱そうだった。
 小便をさせて、少し敷地内をうろついたが、あまりに雨の勢いが強すぎた。すぐに別荘に戻ったが、ワルテルもあきらめ顔だった。
 犬の−−特にワルテルの身体を拭きおえるのに30分。これ以上身体が大きくならないというのなら、マージと同じタイプのレインコートを買いたいんだが。
 満足に散歩できなかった代わりに、朝ご飯は丁寧に作ってやる。作り置きのスープに二〇穀米入りご飯、火を通した鰆、ヨーグルト、すりゴマ、しその実油、フリーズドライの納豆。最後に粉チーズを少々。
 わたしはシリアル。この雨では昼、外に食いに出かけるのも億劫だ。どうしよう。
 今日の夜は一旦東京に戻るので、散らかっている部屋を掃除する。結局、昼飯は冷凍庫にしまってあった青い洞窟(だっけ?)のウニのカルボナーラというやつ。ソースはいけるが、パスタはね。ま、冷凍だからしょうがない。東京から戻ってくる時に、パスタ鍋を持ってこよう。
 食後は仕事−−雨は飽くことを知らずに降り続けている。  
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風呂あがりならぬ雨の日の散歩の後。
風呂あがりならぬ雨の日の散歩の後。


* * *

 夕方の散歩の時間、外は土砂降りだった。肚を括り、犬たちと外に出たが、あまりの雨足の凄さに速攻で音をあげ、マージが小便をしたのを確認して別荘に戻る。犬たちはわたしのへなちょこぶりを非難するような視線を向けてくる。
 うなだれる。だけどさあ、あの雨、半端じゃないぜ。
 ケーナインヘルスと馬肉の晩ご飯を作り、わたしは土砂降りの中、傘を差して近くのローソンへ。生姜焼き弁当を買う。
 犬たちがうまそうに食っている横で、弁当をいじましく食う。
 テレビの天気予報では、台風の暴風域が弱まったと報じている。いずれにせよ、帰らねばならぬのだ。ならば帰ろう、犬たちよ。
 というわけで、6時10分すぎに犬たちを車に乗せて、東京へ向かった。

* * *

「やっべー」
 思わず呟いてしまうほどの豪雨のただ中を我々は走っていた。1メートル先が見えない。わずかに前を走る車のテールランプがぼやけて灰色の幕に赤い染みを作っているだけだ。どの車もスピードを落とし、70キロぐらいで走っている。ワイパーを最大にしても、次から次へと大粒の飛沫がガラスに打ち当たって視界を奪っていく。水たまりの上に乗るとタイヤが滑る。追い越し車線を走る車があげた水飛沫が凄まじい音を立てて襲いかかってくる。風がないことだけが唯一の救いだ。わたしはステアリングにしがみついて、かっと目を見開きながら運転していた。
 だが、その豪雨も10分ほどで退散していった。そうなれば、台風情報のおかげで道は空いている。アクセルを踏むだけだ。
 2時間で東京に着いた。台風? なんだそれ?
 いつもなら自宅近くに差しかかると、マージは喜びの表情を浮かべるのだが、今日に限っては、つまらなそうな顔をしている。マンションの駐車場に乗り入れた時には「ふん」と鼻を鳴らした。連れあいと再会しても、ワルテルは盛大に喜びを表現したが、マージは上の空だ。楽しかった日々が終わりを告げたと思っている。
 夜の散歩を促しても、マージはなかなか起きようとしなかった。軽井沢では正確な体内時計にものをいわせて、散歩の時間が来るたびに、ワルテルと一緒になってわたしを急かしたというのにだ。
「とにかく、おしっこしなきゃだめだろう」
 渋るマージをなだめすかして散歩に出た。マージはいつもの場所で用を足し、歩道の匂いを数回嗅いで、それで、東京での散歩に対する興味を失った。歩くのをやめ、わたしをじっと見上げる。
 帰ろう−−マージはそう訴えている。その顔には、物憂げな表情すら宿っている。
 歩く気のないマージを連れまわしてもストレスが溜まるだけなので部屋に引き返す。足の掃除を連れあいに任せて、次はワルテルと散歩に出た。ワルテルには、軽井沢も東京も変わりはない。そこが自分のテリトリーであることを確認するように地面の匂いを嗅ぎ、大便をひりだし、小便をし、微笑みながらわたしの横を歩く。
「なあ、ワルテル。東京の散歩だってそんなにひどくはないよな」
 だが、そう語るわたしの口も重いのだ。疲れてはいたが、状況がゆるすならこのまま軽井沢にとんぼ返りしたい−−すでに台風一過の後の暑さを予感させる淀んだ大気に身を置きながら、わたしはそう考えていた。
 犬たちの散歩を終えると、溜まりに溜まっていたアメリカ・ドラマの録画を見る。東京にいるときは憑かれたように見ていたのだが、軽井沢にいるときはそれほど気にならない。しかし、録画してあるのなら、見ておかなければ。
 すべてを見終わったのは午前1時。マージは怠惰に、ワルテルは一心不乱に眠っていた。
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あーあ、東京はつまんない・・・。
あーあ、東京はつまんない・・・。
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おまえはどこだって楽しいんだよな。
おまえはどこだって楽しいんだよな。
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長距離ドライブは疲れます。眠いんです。
長距離ドライブは疲れます。眠いんです。
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東京でもおやつ(鮫の軟骨)タイムは別なのよ。魔犬バージョン。
東京でもおやつ(鮫の軟骨)タイムは別なのよ。魔犬バージョン。



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