軽井沢日記
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7月31日 軽井沢 17日目

 目覚ましで目覚める。昨日予感したとおり、かなりきつい二日酔いだった。胃がむかつくというより、頭痛が酷い。これだから、日本酒は侮れない。
 よろめきながら犬たちとスポーツパークのドッグランに行き、帰りにマクドナルドでソーセージエッグマフィン・セットをふたつ買ってくる。料理を作る気力がない。
 スープもないので、犬たちにはケーナインヘルスとラムの挽肉を与えた。
 ジャンクな朝食を食べ終えても、頭痛は頑固にへばりついている。今日は仕事は無理だ−−そう悟って、ベッドで横になった。無理をして小説を書いても、ろくなものにならないことは経験上、わかっている。
 うつらうつらしかけたと思ったら、電話が鳴った。電話には連れあいが出たが、すぐにわたしを起こしに来る。
「Kさんから電話だよ」
 Kさんというのは、赤坂で世界一美味しい(とわたしが思っている)レストランを経営している友人だ。彼は長野の出身で、2年前に軽井沢に別荘を建て、そこを親しい客だけを招くオーベルジュとして使いはじめた。わたしは招かれて彼の別荘に二度泊まり、この夏を軽井沢で過ごす決心をしたのだ。
「別荘にいるの?」
 重たい瞼を擦りながら、わたしは電話に出た。
「いや、先週、バイパス沿いにテラスカフェをオープンさせたんだけど、そこにいる。ちょっと遊びにおいでよ。今日は日帰りで東京に戻るから」
 彼が別荘の他に千坪近い広さの土地を買ったことは聞いていたが、こんなに早く店をオープンさせるとは思ってもいなかった。すぐに行くと彼に告げ、わたしは電話を切った。
 彼のテラスカフェはバイパス沿いの南原入口の真向かいにあった。だだっ広いウッドデッキで、風に吹かれながら優雅にお茶やオープンサンドを楽しめるようになっている。「くまさん」という通り名のように、熊のような巨体を揺らしながら、Kさんがやって来た。
「いいでしょう、ここ」
「最高だね」
 南が丘や南原は、軽井沢の中心部より湿度が低く、過ごしやすい。我々は木陰のテーブル席に陣取り、アイスカプチーノを頼んだ。
「吸う?」
 Kさんが葉巻ケースを取り出す。二日酔いがまだ収まっていないので、一瞬、躊躇したが、吹き抜ける爽やかな風がわたしの背中を押した。
「じゃあ、一服いこうか」
 受け取った葉巻の吸い口をカットして、火をつける。2、3服ふかしている内に、気分が良くなっていくのがわかった。東京で二日酔いの朝に葉巻を吸ってもうまくもなんともない。だが、ここでは葉巻を吸っている内に二日酔いが消えていくのだ。
 やがてKさんの奥さんも合流して、我々は軽井沢での再会を喜び合った。
「ところで、おれ、軽井沢に家を建てようかと思うんだけど」
 わたしがいうと、Kさんは目を輝かせた。
「ほんとに? 決めたの? だったら、不動産屋とか建築会社とかいってよ。紹介するから」
 熊のような巨体からは想像できないほどに、Kさんはフットワークが軽い。その場で携帯電話で知り合いの不動産屋に電話をかけ、南が丘辺りで300坪の土地を探してる人がいるんだけど、どこそこにそれぐらいの土地があったよな? と確認を取りはじめた。
「ちょっと、その土地見に行ってみる?」
 Kさんは電話を切りながらいう。もちろん、我々に否やはない。2台の車に分乗して、土地を見に行った。そこはすでに整地が済んだ、日当たりのいい平地だった。広さは302坪。値段はわたしが考えていた予算よりかなり高い。それでも、この近辺では安い方だという。
 わたしと連れあいは腕を組み、首を傾げた。
「この辺りは人気があるから、あっという間に売れちゃうよ。ここ1、2週間が勝負だってさ」我々の苦悩をからかうように、Kさんは朗らかにいう。「ここで悩んでても結論出ないだろうからさ、昼飯食いに行こうよ。大衆食堂だけど、滅茶苦茶旨いところがあるんだ」
 Kさんの車に先導されて、我々は中軽井沢に向かった。運転をしながら、しかし頭にあるのはさっき見たばかりの土地のことだけだ。たしかにいい土地だ。Kさんの別荘にも近いから、すぐに遊びに行ける。日当たりがいいのも、周囲の景色も気に入った。だが、たった一箇所土地を見ただけで決めるのはどうか。しかし、ぐずぐずしていると、他のだれかに買われてしまうかもしれない。
 思考は堂々巡りを繰り返すだけだ。
 中軽井沢の駅前で、Kさんの車が止まった。「はち巻き」といういかにも大衆食堂といった感じの店の狭い駐車場に車を入れていく。もう午後1時を回っていたが、店は地元の人たちでぎっしりだった。30分ほど待たされてから、我々は席を確保した。お薦めだという冷やし中華を頼むと、サラダに鶏の唐揚げ、さらにはメロンのデザートがひとつの皿にこんもりと盛りつけられたものが出てきた。
 もの凄いボリュームだ。普段はブルーカラーの客を相手にしているのだろう。もしかすると、質より量の店かと疑念が頭をよぎったが、Kさんお薦めの店がそんなものを出すはずがない。
 麺を啜り、唐揚げを囓って感嘆した。うまいっ。めちゃうまだ。二日酔いは収まりつつあるとはいえ、本調子ではない胃が半分以上は受け付けないだろうと思ったが、なんのことはない、完食してしまった。
「驚きでしょう?」Kさんが悪戯小僧のような笑みを浮かべる。「こういう店でさ、これだけ安くて、これだけ旨いものが食えるんだから。他の店も見習えっていうんだよ」
 わたしはうなずくしかなかった。きっとKさんに教えてもらったのでなかったら、店構えを一見しただけで通りすぎただろう。いや、ご主人、参りました−−口には出さずにそう呟いた。
 食後、Kさん夫妻と別れ、別荘に戻った。あの土地をどうするか−−結論は出ない。
 東京に帰る連れあいを見送って、仕事をすべくパソコンの前に座る。しかし、気はそぞろで仕事どころではなかった。

* * *

 それでも、なんとか5時近くまで悪戦苦闘し、犬たちの催促に負ける形で外に出た。空はうっすらと雲に覆われている。しばらく敷地内を散策していると、東の空から雷が轟いた。稲光は見えないから、かなり遠くで発生している雷なのだろう。だが、人間だからこそそんなことを考えられるが、犬はそうではない。雷が大の苦手のマージが雷の音を確かめるように東に向いて顔をあげ、やがてそわそわしはじめた。わたしが走っているわけでもないのに、懸命に脚を動かして走り、別荘の前で佇む。怖いから、早く中に入りたいと訴えているのだ。
「わかった、わかった。雷、怖いもんな」
 遠くでなにかの匂いを嗅いでいるワルテルを呼んで、散歩を切り上げた。ワルテルは不思議そうな顔をしていた。
「どうして? どうしてももう散歩終わりなのさ?」
「マージが、雷怖いって。おまえはマージの家来なんだから、付き合わなきゃな。一昨日、守ってもらっただろう?」
 外はどんどん暗くなってくる。いずれ、雨が降り出すのだろう。

* * *

 5時過ぎに雨が降り出した。連れあいがいなくなると、わたしはつい怠惰になる。犬たちの食事の支度をし(ケーナインヘルスに馬肉)、傘を差して外に出る。セブンイレブンで弁当を物色したがろくなものがない。品揃え、東京より確実に少ない。しかし、それがまっとうなのか。
 和風幕の内御膳とポテトサラダを買って帰る。しかし、ボリュームのある冷やし中華を食べ終えたのが午後2時過ぎだったので、一向に空腹を覚えない。犬たちにご飯を与え、インターネットで軽井沢に家を建てた人たちの記事を探し、読み耽る。
 7時半になって、ようやく空腹を感じはじめたので、サッカーの東アジア選手権、日本対北朝鮮を見ながら食す。こういう弁当に入っている揚げ物は大嫌いだ。ついでにいえば、今の日本代表の戦いぶりも大嫌いだ。案の定、格下の北朝鮮にあっさり負けた。本当に、ジーコでドイツに行くつもりなのだろうか?
 わたしの怒りをよそに、犬たちは熟睡している。雷も遠くに去り、マージは安心しているようだ。犬たちを起こし、外に出る。湿った森の匂いを思いきり吸いこむと、もやもやした気分も少しは晴れてきた。
 少し離れてマージを呼んでみた。マージはきょろきょろと首を振って、わたしを探す。やはりだ。マージは夜目が利かなくなってきている。懐中電灯を向けるとわたしに気づき、ぱっと顔を輝かせてよたよたとやって来る。梅雨が明けて軽井沢もそれなりに暑くなってきたため、ここに来た当初の活発さもマージからは失われている。顔は綻び、気持ちも高ぶっているのだが、少し動き回るとくたびれてしまうのだ。
「もう少しの辛抱だぞ、マージ。軽井沢の夏は短いらしいからな」
 マージを先に別荘に戻し、遊び足りないワルテルと駆けっこをした。ワルテルは身体をしならせて躍動的に駆ける。昔はマージもそうだったのだ−−埒もない考えがどうしもて頭をよぎってしまう。わたしはワルテルを呼び、そのしなやかな身体を抱きしめた。
「おまえも元気で長生きしろよ、ワルテル。マージにはしてやれなかったこと、おまえにはたくさんしてやるからな」
 ワルテルはわたしの鼻をぺろりと舐めた。

* * *

 犬たちに水とおやつを与え、眠りに就きかけたマージの頭上でペンダントを回す。30分もすると腕が動かなくなってきた。プレステ2に『ロマンシング・サガ』をセットして、プレイする。間が空いたので、戸惑いながら、しかしすぐに没頭する。気がつけば、午前0時を回っていた。  
クールコートでお出かけ。涼しいかな?
クールコートでお出かけ。涼しいかな?
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ワルテルはこんな感じ
ワルテルはこんな感じ
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ねえ、草ばっか食べてないで遊ぼうよっ!!
ねえ、草ばっか食べてないで遊ぼうよっ!!
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ん? なんの音?(魔犬バージョン)
ん? なんの音?(魔犬バージョン)
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も、もしかして・・・(普通の犬に戻る)
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いやん、雷!
いやん、雷!
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に、逃げなきゃ・・・。
に、逃げなきゃ・・・。



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