軽井沢日記
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8月4日 軽井沢 21日目

 ワルテルに腰をつつかれて目が覚めた。7時14分。またしても微妙な時間だ。マージのことが気になったので、文句も言わずにベッドを出る。マージは元気だった。漏らしてもいない。安心するのと同時に、軽い二日酔いであることに気づいた。ワインをふたりで一本半、それにウィスキーを2杯飲んだだけなのだが。
 地元の人の話によると、軽井沢は東京より気圧が若干低い。だから、酒がよく回るのだそうだ。しかし、飛行機のように高度一万メートルを飛ぶというのならともかく、千メートルぐらいの高低差ならさほど意味はあるまいとわたしは思っている。
 ともあれ、二日酔いであることに変わりはない。軽い胸のむかつきを覚えながら−−これは酒の飲み過ぎというより、煙草、葉巻の吸い過ぎによるニコチン酔いだ−−犬たちと外に出る。マージはいつものようにおしっこをし、すぐにウンコをした。まだ柔らかいが下痢というほどではない。回復しつつあるのだ。
 車でスポーツパークに向かう。今日は朝から強い陽射しが降り注ぎ、爽やかな風さえもその陽光の前では顔色がない。とりあえずグラウンドでマージたちを遊ばせたが、様子を見てドッグランの木陰に移動した方がよさそうだった。
 駐車場に一台のミニバンが入ってきた。犬を遊ばせようとやって来たのなら、ワルテルにリードをつけなければならない。他の犬を見たら、またこないだを同じことが起こる可能性がある。
 様子を見ていると、若い女性が車から降りてきて、駐車場の陰にごみ袋を捨てた。逃げるように車に戻り、急発進して去っていった。
 唖然としてしばらく動けなかった。彼女はわたしの存在に気づいていた。それなのに、臆することもなく平然とゴミを捨てていったのだ。日本人のモラルが地に堕ちて久しいが、それにしても信じられない光景だった。
 確かに、軽井沢のゴミの分別はよそからやって来た人間には気が重い。しかし、それにも理由はある。業にいれば郷に従え−−どんなに面倒なことでも、そこで楽しんだのなら、楽しんだ分のお返しをするべきではないか。ゴミ収集日に日程が合わずに帰るなら、ゴミも持って帰ればいいだけれのことだ。
 せっかくの朝を台無しにされた気分で、わたしはまた二日酔いの胸くそ悪さに罵声を漏らした。
 しかし、暑い。まだ朝の8時だというのに、気温はぐんぐんあがっている。おそらく、今日もまた30度を超えてしまうのだろう。東京のようなアスファルトの照り返しがないだけずっとましだが、犬たちが早くも喘ぎはじめた。
 ドッグランに移動して、木陰の中を歩き回る。ここは日光に焙られているところより気温は低いが、マージが音をあげはじめた。車に引き返し、帰途につく。さすがにワルテルも文句はいわなかった。
 犬たちの呼吸が落ち着く間、食事の支度をする。作り置きのスープ。十三穀米入りご飯。ラムの挽肉。ヨーグルト。すりゴマ。しその実油。マージの量はいつもの3分の2。食い足りないらしく、恨みがましい目をわたしに向けてくる。
「マージのためなんだよ。我慢しろ」
 二日酔いのせいか、食欲がない。水をがぶ飲みし、ソファに横になる。そのままだと眠ってしまいそうな気がして、また起きた。10時にはマージを病院に連れていかなければならない。
 それにしても暑い。

* * *

 マージと病院から戻り、また車に乗りこんでひとりで中軽井沢に向かった。途中、ホームセンターで車のシェードを買う。それから、中軽井沢駅前の「ア・ラ・ガール」へ。
 ピラフとコーヒーを頼んで、店主の細江さんに、昨日、藤田さんから仕込んだ情報のおさらいをしてもらう。わたしがその雰囲気に感動した別荘地のことを話すと、あそこはいいですよと細江さんはいった。
 雰囲気抜群だし、基礎もしっかりしてるし、なにより犬の散歩にはすこぶる便利なところでしょう。藤田さんたちが住んでる千ガ滝よりは暑いですけどね。
 なるほど。昨日、唯川恵大姐からのメールで、多少ネガティブなことも聞かされていたのでどんなものかと思っていたのだが、いい場所であることは間違いないのだ。
 食後、コーヒーを飲みながらしばし雑談。そのままビールでも飲んで自堕落な一日に突撃したいところだったが、仕事がわたしを呼んでいた。

* * *

 また、夕方4時に仕事を切り上げた。呪わしいほど青かった空も雲に覆われてきているが、気温はまだ充分に高い。気温だけならまだいいのだが、そこに高湿度が加わると、道産子のわたしは気が滅入ってくる。
 やる気満々の犬たちを車に乗せ、スポーツパークへ。マージがまたゆるいウンチをした。お腹はまだ本調子ではない・・・と思っていたら、ワルテルもまた、半固形状のゆるいウンチをした。二匹が下痢になるということは、なにか悪いものを食べさせてしまったのだろうか。しかし、二匹ともウンチが緩いだけで、思いきり夕方の散歩を楽しんでいる。
 東京にいる時より、はっきりとマージの目が優しい。東京の我が家では、マージはワルテルがそばに寄ってくるたびに唸り、吠え、時に牙を剥く。しかし、軽井沢ではその回数は激減している。ストレスが溜まると、人は刺々しい気分になる。犬も同じなのだろう。
 マージがワルテルに吠えなくなったのと同じように、ワルテルは玩具で遊ばなくなった。噛む欲求に応じるために、ワルテル用に数種類の玩具をもってきているのだが、ワルテルは見向きもしない。散歩で駆け回り、ご飯を食べ、ぐっすり眠る−−一日のサイクルの中で玩具が登場するシーンは皆無なのだ。ワルテルもまた、ストレスから解放されて生を満喫している。
 
うろちょろしてないで、ちゃんとついてきなさいよ!
うろちょろしてないで、ちゃんとついてきなさいよ!
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さあ、どっちに向かって走ろうかな。
さあ、どっちに向かって走ろうかな。
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食べる草はなくてもドッグランは涼しいわ。
食べる草はなくてもドッグランは涼しいわ。
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まだ直ってないや・・・やべっ。
まだ直ってないや・・・やべっ。
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目やに取ってよ。
目やに取ってよ。
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ぼくのおもちゃだもん、だれにもあげないもん。
ぼくのおもちゃだもん、だれにもあげないもん。

 20分ほどで散歩を切り上げ、別荘に戻った。犬たちは涎を垂らしまくり、わたしは汗まみれになっている。いつもの半量の食事の用意をし、冷めるのを待つ間、シャワーを浴びた。日に5回ぐらいシャワーを浴びたい感じだ。いつもいつも、身体がべとついている。
 犬たちに食事を与え、様子を見守っていると双葉社のN氏がやって来た。挨拶もそこそこに、晩飯を食うために町に出る。わたしも心底空腹だったのだ。
 どこに行くという当てもなく、かつ、夕立が降っていたので、目にとまった寿司屋に入った。魚が食いたかったのだ。座敷に通され、まずはビールを頼む。刺身の盛り合わせ、カレイの唐揚げ、イカゲソの天ぷら、岩牡蠣、蟹サラダ、そして特上の握りを一人前。東京では2流以下の店だが、値段は東京の一流店並だった。軽井沢はエンゲル係数が高い。
 時刻はまだ8時だった。飲み足りなく、駅前の「たかくら」という店に行く。先日、講談社の連中と行った店だ。
 この前と同じカウンター席に唯川恵大姐夫婦が陣取っていた。おそらく、毎晩いるのだろう。大姐の隣に座り、またもやああだこうだと質問をぶつける。さらには、大姐の愛犬、ルイが車に乗りたがらないという話を聞き、大型犬飼いの先輩として、とうとうと説教をする。犬が自分から車に乗る意志を持ってくれないと、足腰が弱った時に大変な目に遭うよ、今の内から慣れさせておかないと−−これは、わたしの実感だ。マージは車に乗るのは嫌いだ。だが、わたしが乗れというから仕方なく乗る(今はわたしが抱きあげてやらないと乗れないが)。40キロ以上ある大型犬がてこでも動かないと決めたら、非力な人間の力ではそう動かせるものではない。ルイは70キロもある超大型犬だ。今から手を打っておかなければ、いざというときにいたずらにルイを苦しめるだけになる。
 10時過ぎに大姐たちは帰っていった。マージのお腹の具合を考え、我々も帰ることにする。まだお腹の調子が悪くても、この時間に戻って散歩に連れだせば、少なくとも部屋の中を汚されることはない。
「ただいま−−」
 ドアを開け、異臭に顔をしかめる。まただ。マージがまた漏らしている。ほとんど昨日と同じ場所。汗を流して新しいタイルカーペットを貼ったそのうえに、また半固形状の下痢便が点々と落ちている。
 N氏に謝りながら、また、マージのお尻周りの毛を丁寧に拭く。マージは早く散歩に行きたいのになにしてるのよという顔つきだ。自分の身体が汚れるのもかまわず拭き続けていると、やっとタオルが黄色く染まらなくなってきた。
 どうしてこんなに下痢をするのだろう。食事の量はいつもの半量だ。消化酵素入りのサプリや、整腸作用のあるサプリも与えている。与えたご飯が悪くなっていたとも思えない。癌のせいか? しかし、ワルテルも下痢気味なのだ。この数日間の暑さのせいだろうか? エアコンがない別荘での昼間の暮らしは、犬たちにとって暑すぎる環境であることに間違いはない。
 医者ではないのが。考えても結論などでるわけもない。そのまま犬たちを外に出し、しばし歩かせる。マージもワルテルもおしっこをしただけで、それ以上、ウンチをしようとはしなかった。
 犬たちの足を拭き、洗い物を片づけ・・・そんなことをしているうちに、気がつけば12時が近くなっていた。N氏とあらためて乾杯をし、醒めつつあった身体に再びアルコールを注入する。犬たちがおやつを期待してわたしに視線を注いでいたが、もちろん、あげるつもりはなかった。
 午前1時にはすっかりおねむになって、わたしはN氏に「おやすみ」と告げて、ベッドに横たわった。
 


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