W杯特別寄稿

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「高松宮記念杯競輪」

 すぐ目の前を走っている車のテールランプさえ見えないような豪雨の中、東名高速をひた走り、静岡を抜け、愛知を激走し、岐阜をかすめて山を越え、滋賀県に入ったと思ったら、そこはさっきまでの豪雨が嘘のようなピーカン天気。半ば中止順延だろうと諦めていたのだが、この天気の良さなら競輪はやっているだろうと疲れた身体と愛車に鞭打って大津琵琶湖競輪場へ向かったら「本日は中止」の張り紙
 なんだよ、おい。
 文句を言っても車券を買えるわけではないので、諦めてホテルでお仕事。豪雨の中、6時間のドライブ、しかも家を朝7時に出たので睡眠時間も短かったのだ。疲れてはいたが、仕事しないと遊べないからなあ。夜は当地の知人と飯を食って早めに就寝。競輪のときは、遊ぶつもりにはなれない。もうすっかり脳味噌が車券検討モードに突入にしているもの。
 で翌日、宮杯3日目。5レースから参戦。いきなり知り合いでもある富永益男が出走していたので、当然ながら中部ラインを買い漁る。がしかし、益男君、なに先行してんの? そんなに鰐淵が怖いのか? 怖いからって先行して共倒れになってんじゃ話にならんでしょう。
 それでケチがついたのか、その後の車券はかすりもしない。なんとか10レース、堤が捲って、その間隙を突いて新藤が2着と勝手に読み、5−4から3着総流しのよこしまな3連単車券を買ったら、それが見事に的中。500円しか流してはいなかったのだが、おかげでなんとか息を吹き返した。11レース、12レースは外れ。
 本当に競輪選手は頭が悪いなあと毒づきながら、知人とまた飯を食い、酒を飲み(途中、久保千代志さんに電話をかけて、決勝戦の並びを聞いた)、1時には就寝。翌朝、目覚めてホテルの部屋のテレビをつけると、最終日第1レースの実況中継。おうおう、また益男の野郎が乗ってるわ、そんなに賞金欲しいんか(欲しいに決まっているのだが)。しかもぐりぐりの二重丸だって。おわってんな、このレース、などと呟きつつレースを観戦していたら、打鐘が鳴ってこれからレースが動くぞというときに、益男君ったら前の選手の後輪に自分の前輪ぶつけて実にみっともない落車。朝から縁起の良くないものを見てしまった。
 そのせいかどうか(明らかにそのせいだと思っているのだが)、最終日は第4レースから参戦したのだが、前日以上に当たらず、かすらず。途中、競輪場を抜け出して軍資金をおろしに行く羽目にすらなった。こりゃだめだ。当たる気せんわ。
 しかしだからといって、せっかく本場にいるのに車券を買わないわけにはいかず、やっぱ決勝戦は村上からかなぁ、後ろは競りだし、小嶋絶好調でもダービーの走り見たら、絶対買う気せんしなあと、村上と共倒れ覚悟の車券戦術。小嶋は嫌だが、しかし堤を買うよりはましだ。競りの松本と佐藤は切って、村上−小嶋の裏表(ただし、本戦は村上−小嶋。裏は押さえ)、村上から、渡辺、大井へ流して、いざ、レースに挑む。
 結果はご存じの通り、強烈な捲り追い込みで小嶋が村上をタイヤ差さして初戴冠。それができるならダービーの時にやっておけや、ボケ。押さえ車券じゃ悲しすぎて涙も出ねえぜ、あほんだら。実はこっそり大井3着の3連単よこしま車券を買っていたのだが、その大井は4着。ああ、慎太郎、優勝できないなら飛んじまえよ。
 ああだこうだと愚痴りながら車に飛び乗り、あとは東京に帰って飲みまくるぞと思っていたら、名神高速道路が大渋滞。「名神高速リフレッシュ工事」だと。ほぼ全線に渡って一車線の交通規制が敷かれていて、これじゃ渋滞するなというのが無理。大津から小牧ジャンクションまで、なんと四時間もかかってしまった。行きは豪雨でも一時間半しかかからなかったというのに、だ。これで高速料金取るんだから道路公団も太いわなあ。
 東名も工事渋滞ということで、小牧からは迷わず中央道へ。小牧から高井戸までを3時間弱で走り抜け、へとへとになって帰宅。
 収支も二日間でほとんどプラマイ0状態だったし、いやあ、今回の宮杯は、本当に疲れました。
 次は寛仁親王杯か。前橋か。かったるいなあ。どうしようかなあ。ドームの33って本当、好きじゃないんだよなあ。

(2003年6月05日掲載)

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