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「悔しい」
悔しい。勝てる試合だった。またもやオフサイドトラップの裏を突かれての失点だ。宮本はトルシエの怒りを買うことを恐れているように見える。自分の判断を放棄しているように思える。こういう場合はオフサイドトラップをかけろ−−トルシエのいう通りにしている。ただそれだけをしている。
宮本が悪いわけではない。松田も中田浩二も同罪だ。だが、彼らにそうさせるのは、トルシエの恐怖政治だ。トルシエのいうことを聞かなければ代表に残れない。試合に出してもらえない。彼らはそう考えながら、この四年間を過ごしてきた。自分で考えることを放棄してきた。トルシエに「ノン」といった俊輔は代表から落とされた。トルシエに「ノン」といって自分を貫けたのはヒデひとりだ。それはヒデが突出しているからだけれど。
試合の後、家に戻って韓国の試合を見た。韓国の選手は生き生きと戦っていた。自分を開放していた。ヒディングという監督が選手にそれをさせるのだ。あの素晴らしい勝利の立て役者は、なんといってもヒディングと選手の信頼関係だろう。
日本の引き分けと韓国の勝利の差はなにが生み出すのだろう? 答えは簡単だ。日本サッカー協会と韓国サッカー協会の能力の差だ。日本はトルシエしか監督に選べなかった。韓国はヒディングを招いた。努力の差だ。能力の差だ。わたしはある人物からトルシエが代表監督になったいきさつを聞いている。酷いものだ。詳しいことはわたしに話をしてくれた人に迷惑がかかるから書けないが、日本サッカー協会に唾を吐きかけてもいいぐらいの酷い話だ。
日本サッカー協会はトルシエの後の監督には日本人を考えている。理由は外国人監督だとコミュニケーションがうまく取れないからだと。
あほめ。死んでしまえ。コミュニケーションはお互いに努力してはじめて成りたつのだ。英語もろくにできず、勉強しようともしない連中にコミュニケーションが取れるはずもない。もう一度書くぞ、あほめ、死んでしまえ。
わたしは今、激しく失望しているのだが、しかし、希望を失ったわけではない。ロシアとチュニジア。1勝1分けでなんとかなる。ベルギーは今日の試合でイエローを受けすぎた。なんとかなる。なんとかなりたい。なんとかしてくれ。
(2002年6月4日掲載)
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