Hase's Note...


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「税金」

 他人の小説を読んで、久々に腹を抱えて笑ってしまった。笑いつつ、しんみりしてしまった。しんみりしつつ、昔覚えた怒りを思い出してしまった。
 読んだのは東野圭吾さんの『超・殺人事件 推理作家の苦悩』に収録されている「超税金対策殺人事件」
 前年に本が思いのほか売れてしまったために、多額の税金を徴収されることになった小説家が、手持ちの領収書をすべて経費として処理すべく、執筆中の小説にいらぬエピソードを書きつらね、揚げ句、小説は駄作に成り果て、そんな作品を発表した小説家も仕事を干されてしまう−−といったストーリィなのだが、これ、多くの「人気小説家」とされる作家が共感を持ってうなずき、笑い、最後には虚しさを噛み締めるのではないか。
 まったく他人事ではないのだ、この小説は。
 わたしに関していえば、『不夜城』が文庫化された年は年収が一億を越えた。一億とはいっても、別に目の前にキャッシュを積みあげられたわけでもなく、ただ、銀行口座に入金された金額が都合一億を越えたというだけで、すべてはただの数字に過ぎないのだが、まあ、一億である。作家になる前の自分の稼ぎを鑑み、一億あればこのまま仕事をしなくても、二〇年は生きていけるなうひひひひ、と思ったことは否定しない。実際、毎日ひたすら小説を書く日々に嫌気がさしていて、小説家なんてやめてやろうかと考えていたころでもある(今でもたびたび考える)。
 しかし、わたしのちゃちな思惑は、翌年の確定申告であっさりくつがえされた。税理士が試算して送ってきた書類によれば、所得税が五十パーセント、特別地方税が十五パーセント。それに予定納税が十パーセント弱、しめて七千万近くの税金を取られるだろうということだった。
 七千万−−わたしは動転した。連れあいは錯乱した。家中をひっくり返し、ありとあらゆる領収書をかき集めた。しかし、わたしも連れあいも文庫判『不夜城』があんなに売れるとは予想だにもしていなかった。こんなに税金を持っていかれるとは夢想もしていなかった。税金対策などなにもしていないに等しく、集まった領収書の金額は微々たるもので、屁の突っ張りにもならないのだった。
 ここら辺の事情は「超税金対策殺人事件」と瓜二つである。
 結局、わたしは泣く泣く七千万近くの税金を支払った。支払わなければ、悪どいことで有名な街金融も目を剥くような利子−−延滞金を取られる。税金を支払いつつ、この国を呪った。この国に生まれ落ちた自分を呪った。こんな国は滅びてしまえと罵った。
 実際に一億の収入があったとしても、なんやかんやと出費はあるのだから、七千万もの税金を取られたら、手元にはいかほどの金も残らない。つつましく気楽に二〇年を暮らすなどはもっての他だ。税金を払うために働いて、働いて、働きつづけて、最後には読者にも見放され、抜け殻になって野垂れ死になさいと、国から一方的に宣言されたようなものだ。
 翌年の収入が低ければ、前年に一億稼いだとしても、稼いだ本人にはなんの恩恵もない。
 七千万−−作家になる以前のわたしなら、十五年分の収入に匹敵する。
 これを読んでいる人の中には「大金を手にした人間の単なる愚痴じゃねえか」と思う人もいるだろうが、あなた、一度、七千万もの税金をふんだくられてみなさい。必死に努力し、その努力がやっと報われたというのに、やらずぶったくりのようなやり方で金をむしり取られてごらんなさい。その金がわけのわからない公共事業に使われていることを考えてみなさい。自分の税金が、腐敗したクソ官僚どもの飲み食いに使われているのだと想像してみなさい。絶望感にとらわれるし、怒り心頭に達する。請け合ってもいい。
 税金を払うぐらいなら、どこかの慈善団体に寄付した方がよっぽどましなのだが、それにしたって、寄付金が所得から控除される団体は、この国では限られている。
 八方塞がり。累進課税といえば聞こえがいいが、数十年前に定められた税率は大雑把ででたらめ。現状にはまったく即していないのに、改められる様子はまったくない。要はこの国の税制は「貧乏人は小金持ちにはしてやってもいいが、絶対に大金持ちにはさせない。よっぽどの成功をおさめた場合はそれに限らず」ということなのだ。民主主義、自由経済を謳いながら、その実態は完成された社会主義国家なのだ。
 何年か前に税制が変わって、今では一億の所得に対する税金が七千万ということはなくなったが、しかし、あの時のショックと怒りは片時も頭を離れたことはない。
 いつかはこの国を出てやる−−捨ててやると思ったものだし、その思いは今も消えていない。多分、老いて肉体と脳がぼろぼろになる前に、わたしはこの国を出ていくだろう。わたしの仕事は、電話回線があればすべてをまかなえるのだから。この国にいる必要はまったくない。
「超税金対策殺人事件」を読みながら馬鹿笑いしつつ、溜め息を漏らす。
 本当にいやな国だし、いやな世の中だ。

(2001年07月15日掲載)

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