Hase's Note...


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「昭和の劇」

 昨年の十二月二十四日、つまりクリスマスイブの日に、マージの病院通いは終わった。途中、放射線障害で皮膚がただれたために、最初の予定より二週間近く余計にかかってしまった。のべ二ヶ月間、毎週二回、本郷まで通っていたことになるわけで、さすがに、しんどかった。
「馳さん、クリスマスはなにしてるんですか? 海外ですか?」
「いえ、犬を連れて病院に行きます」
 どうして日本人はあんなにもクリスマスが好きなもんか。そういえば、いつもは超満員の東大動物病院も二十四日はがらがらだったなあ。
 マージが放射線治療を受けている間はなにもすることがないので、待合室で本を読む。だから、この二ヶ月は、ここ数年の中でも、特に読書が充実した二ヶ月でもあったわけだ。
 読んでいたのはたいてい、沖縄関係のノンフィクションだ。沖縄に関してはまったくの白紙状態から小説を書こうと無謀なことを決めたわけで、そのために頭に詰め込まなければならない情報というのは膨大なものになる。いくら本を読んでも、知りたいことは次から次へと姿を現してくる。
 そうした中、沖縄に関する記述があるということで書評家の池上冬樹に勧められたのが『仁義なき戦い』の脚本家として有名な笠原和夫への集中インタビューを一冊にまとめた『昭和の劇 映画脚本家 笠原和夫』(太田出版発行 4286円)という本だ。
 一読してぶっ飛んだ。興奮した。かなり分厚い本ではあるのだが、二日間で読了した。読み終わった後も興奮が収まらず、何度か気になった箇所を読み返した。
 笠原和夫というのは、戦後の邦画史を支えてきた脚本家の一人で、スター時代劇からやくざ映画、『仁義なき戦い』のような実録ものから戦争映画にいたるまで、実に多くの映画に携わってきた人なのだが、いやはや凄まじい。彼の脚本は徹底した取材が根底にあるのだが、その取材の過程で暴かれるのは、昭和という時代に日本という国が、日本人という民族がひた隠しに隠してきた「闇」だ。それは昭和天皇の戦争責任の問題であり、被差別部落の問題であり、在日朝鮮人の問題であり、なによりも我々日本人の問題なのだが、笠原和夫は商業映画という枠の中で、必死になってそれと取り組んできた。
 わたしが「日本は嫌いだ」というと、若い連中は「なぜ?」と聞いてくる。そう聞き返してくる連中の顔には、歴史であったり現状であったりへの無知と無関心が強く表れている。特にサッカー絡みとなると酷い。なんのてらいもなく日の丸を振り、君が代を歌う連中を見ていると、背筋が寒くなってくる。このウェブでわたしがいろいろ書いているものをまったく読まずに「馳さん、代表の試合のときは君が代を歌うべきだといってください」とメールを寄こしてくる連中もいる。やれやれ、だ。おれは君が代嫌いだっていってるんだぞ、このウェブで書いてるんだぞ、わかってんのか、こら。人にものいう時は、相手の思想背景を調べてからにせんか、だれもがてめえと同じでなんも考えてないわけじゃないだぞ、こら。
 あ、いかん。頭に血がのぼってしまった。話が脱線してしまった。昭和の劇だ。この凄い本のことだ。
 一昨年の暮れ、わたしは今年読んで一番恰好いいと思った文章ということで自動車評論家の福野礼一郎の文章を取り上げたが、『昭和の劇』はここ数年、わたしが読んだ中でもっとも刺激的であり、もっとも血をかき立てられ、もっとも面白く、もっとも恰好のいい人間を取り上げた本である。
 若い世代に読んでもらいたい。君たちが生まれ、君たちが育ち、君たちが好きだといっている国が、実はどんな国であるのかが、よくわかる。もちろん、小説家を目指している人間にも「作劇」を考える上で多くの示唆に富む本でもある。高い本だが、こういう良書が、いまの図書館にはちゃんとあるのだろうか?
 とにかく、この本の存在を教えてくれた池上冬樹に感謝。おかげで昨年末から正月にかけてはいい気分で過ごすことができた。

(2003年1月7日掲載)

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  書籍紹介:昭和の劇bk1

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