Hase's Note...


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「葉巻熱再発」

 いや、タイトル通り、また葉巻熱が再発している。
 ここのところあんまり吸っていなかったというわけではなくて、2、3日に1本は必ず吸っていたし、ホテルでかんづめになっているときは、日に2本ぐらい吸っていることもあった。香港やヨーロッパに行って、よさげなシガーショップを見つければ、箱単位で買ってくるし、葉巻は日常と化していはいたのだ。
 しかし、先日、久々に「葉巻はやっぱりうめぇなぁ」と陶酔状態に陥ってしまったのだった。例によって某ホテルでかんづめ中、昼飯を食いに(日本蕎麦)外出し、ホテルに戻ってきてコーヒーラウンジでいつもの「VEGAS ROBAINA」というブランドのロブストを取りだして、吸った。この葉巻、わたしの常用品で、ロブストサイズの割には軽めで(葉巻用語がわからくて、それでも意味が知りたいなどと我が儘なことをいう人は、ネットで調べてくださいね)しかし、こくがあって、香港の行きつけのシガーショップでは必ずこれを一箱買って帰ってくる。それほど吸い慣れた葉巻ではあったのだが、なぜかその日、その時に限り、カプチーノを含んだ後の口の中に幸せなアロマいっぱいの煙がふんわりと広がって、かんづめ後半で肉体も神経も疲弊の極致に達し、腹を減らした野良犬並にぎすぎすした空気を周囲に発散していたであろうにも関わらず、「葉巻はやっぱりうめぇなぁ」と阿呆のようにつぶやいていたのであった、わたしは。
 葉巻というのはそもそも性悪なもので、一箱二十五本入りのプレミアムシガー、ものほんのキューバ産でこれは極上ですぜというような葉巻でも、二十五本が同じ味ということは決してなく、それはそれでハンドメイドの良さであると納得できるものの、しかしそれにしたって一本千円以上するものが、こんなに品質にばらつきがあってもいいもんかよ、おお? そうなんだよな、日本で有名なシガーバーで買ったってのに吸い込み悪くていやになっちゃう葉巻がくそ多いんだよな、だからおれは無理して海外に行ったときにボックスで買ってくるんだよ、というぐらいにワインとは大違いで、泣けてくる代物ではある。
 おそらく、その日その時の「VEGAS ROBAINA」は、この数年間にわたしが吸った多分百本は軽く超えているだろう「VEGAS ROBAINA」の中でも希に見る品質の一本だったのではないかと推測するのだ、この阿呆のおれは。それだからこそ、くたくたのへろへろ、もういきなり人ごみの中でよたって歩いてだれかの肩がぶつかりでもしたら、「てめ、このやろ、どこ見てやがる」と問答無用で殴りかかることを夢想するほどにチンピラ根性丸出し品性下劣の極致にあったわたしを現実に引き戻し、その甘美なる香りでわたしを愛撫し、しばしの時を忘れさせ、しょうがねえから仕事すっかと多少なりとも前向きな気分にさせてくれたのであろう。
 そこまでは良い。問題は、わたしがこれまでに吸ってきたそのブランドの葉巻で、わたしが陶酔して時間を忘れるほど質が良かったものがその一本に尽きるということなのだ。んぜその一本が至高の一本たり得たのかはわからない。葉っぱの品質、作った職人の腕、偶然に偶然が重なった上での保存状態の良さ、理由は腐るほどある。要はそうした極上至高の葉巻には、とにかく吸って吸って吸いまくらないことには出会えない、という恐ろしい現実にわたしが気づいてしまったことだ。
 一本三千円超の葉巻がある。そのクラスの葉巻を一度吸って「うめえことはうめえけど、三千円の値打ちはねえな」と切って捨てたのだが、その三千円超の葉巻の中の極上至高品はそれこそとんでもなくうまいのかもしれないではないか。それこそスノッブだ低俗だ阿呆だ間抜けだと罵られても、葉巻がやめられなくなるだけの、極楽に運んでくれるような味と香りに打ちのめされてしまうかもしれんのだ。
 そう思った途端、葉巻熱が再発した。ブラウザのお気に入りには葉巻のサイトが無数に登録されている。世界でも有数の葉巻評論家にしてコレクターでもあるという香港人が表した「イラストレイテッド・エンサイクロペディア・オブなんたかんたら」という長いタイトルの一万二千円もする葉巻辞典をネットで注文し、毎日辞書を片手にえっちらおっちら読んでいる。連れあいには冷たい目で見られ、煙の嫌いな愛犬マージにも疎まれ、それでも黙々と葉巻を吸っている。
 葉巻は高い。葉巻を保管保存するためのあれやこれやもそれなりに金がかかる。そのためには働くべ、来年の地獄も葉巻のために働くべ。
 怠け者のわたしにそう誓わせるほど、あの日あの時の「VEGAS ROBAINA」は美味だった。もう一度葉巻地獄の道に分け入るのだ。手に入れられるだけの葉巻を手に入れ、吸いまくり、極上至極至高の一本に辿り着くのだ。そのためにはK方K三大兄にも嫌々ながら頭を下げよう。ネットの情報の大海に溺れ、英文解読のために視力が下がっても諦めよう。
 本当に、葉巻はうまい。現実逃避に走っていることを自覚していても、だ。やれやれ。
 というわけで、このNOTEを読んだ編集者は、海外出張の予定が入ったときは必ず馳に連絡するように。なに、ひとり五十本までなら葉巻は免税です。ガンジャ買って来いっていうわけじゃないからね。

(2003年8月31日掲載)

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