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8月9日 軽井沢 26日目
朝7時に目覚め、犬たちと散歩に出る。今日はスポーツパークだ。昨夜一晩、ふったりやんだりし続けた雨のおかげで、朝の空気は冷たく湿っている。犬たちも元気でグラウンドを駆け回った。
別荘に戻り、犬たちの朝ご飯の支度をしながらトウモロコシを二本、焼き網で焼いた。バーベキューの時に焼くつもりで、すっかり忘れていたものだ。
犬たちのご飯は作り置きのスープに十三穀米入りご飯、焼き鮭、ヨーグルト、しその実油。人間は林檎ジュースに焼きトウモロコシ。
このトウモロコシがまた、甘くてジューシーでおまけに香ばしくて旨い。その香りに誘われたのか、犬たちが目を輝かせてまとわりついてくる。パンやチーズを食べている時でもなければ、絶対にもらえないことがわかっているので、犬たちはおねだりをしたりはしない。
だが、このトウモロコシは食べたくて仕方がないらしい。しかし、朝食代わりのトウモロコシだ。分け与えるには量が少なすぎる。
わたしが食べ終えると、犬たちは連れあいのそばに移動した。やれやれ−−首を振りながら煙草に火をつける。食欲が凄まじいのはいいことだ−−マージのためにそう思いながら、わたしは残ったジュースを飲み干した。
10時にマージを病院に連れていく。今日の注射で最初のサイクルが終わり、これからは週に2度の注射に移行していく。マージの喉のしこりは確実に小さくなっているが、後ろ脚のリンパ節のしこりは変わらない−−いや、ある時は小さくなったと喜び、また別の時には大きさが変わっていないと落胆する。本当にこの治療はマージに効くのか? いや、絶対に効くんだ、そう信じるんだ。
日々、一刻一刻、一秒一秒、わたしの気持ちは揺れ動く。
日記を書いて午前の時間を潰し、昼飯のために解凍しておいた雪村蕎麦を茹でる。氷水を使わなくても水道水で蕎麦は充分に冷えて、美味しい。連れあいと一緒に、ひとり二人前を食べて満足する。
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今日は涼しくて気持ちがいいわ。 |
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さあ、歩くわよ。 |
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走り疲れちゃった・・・ |
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でも、まだまだ走るんだ! |
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マージだって走るもんな。 |
* * *
午後2時前に、一旦仕事を中断して、ワルテルを菊池動物病院に連れていく支度をする。シャンプーの予約を入れてあるのだ。本当はマージを洗いたいのだが、注射を打っている間はやめておいた方が無難だろうということで、マージは臭いままでいる。
散歩に行くと勘違いしたマージをなだめながら、ワルテルだけを外に出す。マージはガラス戸の向こうで仁王立ちになってわたしを見つめている。
なんで? なんでワルテルだけ?
「マージ、ワルテルは病院に行くんだよ。すぐに戻ってくるから、我慢して待っててくれ」
できるだけ優しく語りかけたのだが、マージには通じない。恨みがましい目でわたしを見、怒りと不満に満ちた目でワルテルを睨む。わたしとふたりだけで外に出かける権利は、マージだけのものなのだ。
こういう場合は無視してとっとと立ち去るに限る。浮かれ気分のワルテルを車に乗せて、病院に向かった。
ワルテルを預ける前に体重を計ってもらったが、31キロしかない。下痢が続いたのでご飯の量を若干減らしているのだが、うーん、難しい犬だ。毎日走り回っているから脂肪は減っているのだろう。その分、食事でエネルギーを補給しておかなければならないのだが、ちょっと食べ過ぎると下痢をする。また、試行錯誤を繰り返すしかないようだ。
ワルテルを預けて、別荘に飛んで帰る。怒ったままのマージは出迎えの踊りも踊ってくれない。
「マージ、いったとおり、すぐに帰ってきただろう? ほら、うるさいワルテルがいなくなって、マージ、気分がいいだろう?」
背中を撫でながらなだめ、すかしたが、マージの機嫌は夕方の散歩に出るまで直らなかった。
ワルテル抜きで、マージとスポーツパークに行く。グラウンドの芝が斑模様になっていて、なにごとかと思って見ると、芝刈りを終えた後だった。除草剤が撒かれたのかどうかは知らないが、マージは草の匂いを嗅ぎ、ぷいと横を向いた。
草は食べられなくても、マージはわたしとふたりきりの散歩に頬を緩ませている。どこまでもどこまでもわたしの後をついてきて、時に撫でてくれと顔をわたしの太股に押しつけてくる。ワルテルには悪いが、穏やかで幸せな一時だった。
20分ほどで散歩を切り上げ、マージと一緒にワルテルを迎えに行く。ワルテルはトリマーを引きずりながら待合室に姿を現し、わたしを見つけるやいなや突進してきた。
「大袈裟なんだよ、おまえは・・・」
ワルテルを抱きしめ、撫で、キスをして車に連れ帰った。ぴっかぴかのワルテルが気になって、マージが匂いを嗅ぎまくる。
「マージ、おまえも身体洗ってもらいたいよな。もう少し我慢しろ。今の治療が終わるまで、シャンプーできないからさ」
マージは後部座席の背もたれの隙間から顔を出し、飽きることなくワルテルの匂いを嗅ぎ続けていた。
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夕方来たら、芝が刈られちゃってた。 |
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楽しくて、嬉しくて、たくさん歩いて、口の周りが涎の泡だらけ。 |
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ふたりきりだとちょっと照れるわね・・・。 |
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でも、本当に楽しいのよ! |
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風呂あがりのワルテルが気になってしょうがないマージ。 |
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久しぶりの羊の心臓の匂いに犬たちが落ち着きを失っている。ぶつ切りにした心臓をケーナインヘルスと一緒に煮込む。肉から抜け出た血がケーナインヘルスをどす黒く染めて恐ろしい色になる。人間の若い女性なら引くのだろうが、犬にはそんなことは関係ない。
マージもワルテルもいつにも増して凄まじい勢いで食べ尽くした。
6時15分に清水さんが迎えに来てくれて、奥さんのサツキさん、4ヶ月の男の子一善(いつき、と読むのだそうだ)君と共に、中軽井沢の中華レストランに向かう。食事を摂りながら、土地その他に関して、いろいろと話し合うことになっていたのだ。
激辛(唐辛子ではなく胡椒の辛さ)の酸辣湯にひーひーいいながら清水さんを脅したりすかしたりする。わたしは赤ん坊は苦手なのだが、一善君は4ヶ月の赤ん坊にしては驚異的に静かな子で、わたしの癇に障ることもない。いい子だ。
有意義な話し合いを済ませ、腹がくちくなったところで万平ホテルのバーに移動する。
そこで、明日、清水夫妻と一緒に上田市の花火大会を見物に行くことが急遽決まった。なんでも、五千発の花火を打ち上げるらしく、まだ、中軽井沢で見た花火の素晴らしさが脳裏にありありと残っていて、清水さんの誘惑にわたしも連れあいも勝てなかったのだ。
11時半にバーを出ると、外は雨だった。この雨足では犬たちの散歩も短めに切り上げるしかない。待たされた上におざなりな散歩で犬たちには散々な夜だ。サツキさん運転の総費用18万円也の中古のフォルクス・ワーゲンで別荘まで送ってもらう。
犬たちが、遅いよ、遅いよ、早く散歩に行こうと、騒いでいる。
「ごめんな、マージ、ワルテル」
雨の中、犬たちを外に出した。雨の勢いが次第に強まって、別荘地の樹木の抵抗も意味のないものになっていく。マージとワルテルがおしっこを済ませるのを待って、別荘に引き返した。犬たちは不満顔だ。しかし、酔っぱらった上に豪雨の中での散歩はわたしにはできかねる。
ジャーキーやらなにやら、おやつをいつもより多めに与えて、なんとかゆるしてもらった。
犬たちのスープを作り、連れあいと土地や家のことを話し合い、明日の朝のことを考えて午前1時に床に就く。なにかを思う暇もなく、わたしは睡魔に飲みこまれていった。
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