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8月28日 軽井沢 45日目
酷い二日酔いで頭が痛んだ。ワインの飲み過ぎだ。隣のベッドを見ると、連れあいは服を着たまま眠っていた。頭を動かすのさえ苦痛だったが、わたしの目覚めに気づいた犬たちがベッドのそばにやってきて、熱い息をわたしの顔に吹きかけている。
顔をしかめながらベッドを降りた。カーテンを開けると、小雨が林を濡らしている。肝臓補助のサプリとビタミンCを水で飲み下し、犬たちと散歩に出かける。今日もフリスビー大会を避けて、湯川ふるさと公園へ。
駐車場に車が一台停まっていたが、雨のせいか、公園にはだれもいなかった。車の中では若いカップルがいちゃついている。犬たちを降ろしていると、車は走り去っていった。邪魔をしてしまったか。
小雨がまだぱらついている。マージは早速草を食みはじめた。スポーツパークよりこちらの草の方が旨いのだろうか。食い方が全然違う。
ワルテルはというと、リードを放してやると好き勝手に走りはじめた。「カム」と声をかけても聞こえないふりをする。よろしい。そういうつもりなら、訓練だ。二日酔いの身でワルテルと遊ぶより、そちらの方がわたしにもよろしい。
わたしが醸し出す空気の変化を察知すると、ワルテルは戻ってきた。ごめんなさいというように頭を下げ、顔の皮膚を頭蓋骨に張りつけて走ってくる。
とりあえず戻ってきたことを褒め、そのままさりげなく訓練に移行する。座らせ、待たせ、来させる。前回と同じように、マージも訓練に参加した。
例によってワルテルの集中力は4、5回で途切れた。ステイができずわたしの後についてきたり、退屈になって「スィット」と命令されているにもかかわらずダウンしたり。わたしはわたしの命令に忠実に従うマージを滅茶苦茶に褒め、ワルテルは無視した。すると、ワルテルは嫉妬してわたしとマージの間に割り込んでこようとする。
「ワルテルはおれのいうこと聞かないから、嫌いだよ。好き勝手に遊んでくればいいじゃないか」
声に険を含ませていうとワルテルはうなだれるのだ。そして、しばらくは従順になる。集中力の途切れる短い時間だけだが。
30分ほど訓練を続けて、ワルテルの集中力が完全に失われたところで切り上げた。ぶんぶんボールでワルテルを走らせながら、ゆっくり駐車場に向かっていく。
別荘に戻る途中で、中軽井沢のパン屋「銀亭」でパンを買う。8時を過ぎたのだから、いろんなパンが焼き上がっているかと思ったが、期待外れ。クロワッサンとサンドイッチ、数種類のデニッシュがあるだけだ。開店時間が7時半なのだから、この点、改善してくれないかな。パンが美味しいだけに残念だ。
結局、固クロワッサンと、ツナサンドとハムチーズサンドのセットを買って、別荘に戻った。
マージには作り置きのスープにご飯、羊の挽肉、ブロッコリのスプラウト、ヨーグルト、すりゴマ、ごま油、各種サプリ。ワルテルにはドッグフードに少量のヨーグルトとブロッコリのスプラウトを混ぜて与える。
わたしは牛乳で固クロワッサンを流し込んだ。頭痛は消えたが、頭はまだ重く、身体も怠い。ソファに横たわると、すぐに眠ってしまった。
* * *
昼過ぎに目覚め、サンドイッチで昼食を取って仕事をはじめた。しかし、頭は重く、身体は怠いままでまったく能率があがらない。こんな時に無理をしても、結局翌日書き直す羽目になることは経験からわかっている。潔く仕事を諦め、わたしはまたソファに横になった。泣きべそをかいている編集者の顔が脳裏をよぎったが、わたしの知ったことか。
一度、肌寒さに目が覚め、トレーナーを羽織ってもう一度眠った。4時に散歩の時間だと連れあいに起こされるまで、夢ひとつ見ずに眠り呆けた。
今にも雨が降りそうな空模様だった。慌ててマージたちを外に出て、昨日と同じ、近くの公園まで歩いていく。途中、小雨が降り出して、わたしはいつもの台詞をマージにぶつけた。
「雨ビッチ。雨が降るのはマージのせいだぞ」
知ったこっちゃないわよ−−マージはそういいたげに、必死で歩いている。昨日と違って、公園にはだれもいなかった。マージのリードを外し、芝生の部分だけではなく、滑り台やブランコの置いてある場所を練り歩く。ジャングルジムの周囲にキリンや熊を象った置物があるのだが、キリンには目もくれなかった犬たちが、熊の置物には興味を示した。犬に見えなくもないからだろう、まず、マージが置物の匂いを嗅ぎ、ついでワルテルがおそるおそる置物に近づいていく。
これはいいシャッターチャンスだとポケットからデジカメを取りだしたら、ワルテルはその音に驚いて飛び退いた。熊の置物に威嚇されたと思ったのだ。
腹を抱えながらシャッターを何度も切った。
「このチキン野郎。置物にびびってどうするんだよ」
ワルテルは真剣に置物の様子を探っている。世界はワルテルにとって驚異に満ちている。マージも昔はそうだった。今のマージに興味があるのは、食事と散歩とわたしだけだ。
雨足が強くなってきたので、大慌てで別荘に戻った。連れあいが帰り支度をはじめていた。
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なんか発見!! |
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ちょっと怖いかも・・・
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タオルをかけてそのままにしていたら・・・
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ふて腐れて寝てしまいました。
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どうして片目を開けて寝る?
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マージにはケーナインヘルスと鶏ササミ肉に羊の挽肉少々。ワルテルにはドライとウェットのドッグフードを与える。
昨日の焼肉パーティの帰りに、大量のカルビ肉とキムチを土産に持たされていた(よく覚えていないのだが)。わたしひとりでは確実に腐らせてしまうので、二日酔いで胃が重いという連れあいをなんとか説得して、焼肉丼を作る。他にはもちろんキムチ。そして、大根のみそ汁。
ようやく二日酔いも収まって、すべてを平らげることができた。しかし、キムチもカルビ肉もまだまだ大量に残っている。タレで味付けしていなければ、マージやワルテルに少々与えてもいいのだが、それもできない。どうすべきかを連れあいを相談し、結局、清水夫妻に食べてもらおうという結論に達する。明日、取りに来てもらおう。
8時台の新幹線で東京に帰るという連れあいを車で駅まで送った。別荘に戻ってくると、ついこの前までの騒がしさはどこへやら、犬たちも眠りこけて、ゆったりとした空気が別荘を支配していた。
10時に犬たちと外に出、おしっこを済ませたマージを部屋に戻して、ワルテルと自転車で出かけた。走っている最中、雨がまた落ちてきた。
「おまえは晴れ犬じゃなかったのかよ?」
ぼくそんなこと知らないもん−−ワルテルは懸命に駆けるだけだ。急いで戻りたかったが、ワルテルの身体に負担をかけることもできない。
ずぶ濡れになることを覚悟して、わたしはゆっくりペダルを漕いだ。別荘に戻ると、マージが玄関の前に座っていた。わたしを見上げる目はこう訴えている。
「わたしをひとりにして、あんた、ワルテルとなにしてんのよ?」
今まではだれかが一緒にいてくれたが、だれもいなくなって寂しかったらしい。
「だったらマージも一緒にくればいいのに。夜の散歩が嫌だっていい出したの、マージだぞ」
意地悪な気分でわたしはそういった。マージは立ち上がり、わたしに身体を押しつけてくる。意地悪しないで優しくしてと訴えているのだ。年増女は恐ろしい。
「わかったよ」
わたしはマージの細くなった身体を抱きしめ、優しく撫でてやった。ワルテルが不満そうな声をあげたが、そっちは無視する。
悪いな、ワルテル。でも、我慢しろ。
わたしの内なる声が聞こえたのかどうか、ワルテルはふんと鼻息を漏らし、目を閉じた。
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