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9月2日 軽井沢 50日目
ワルテルがけたたましく吠える声で目が覚めた。5時半。泥酔した連れあいがばたばたと音を立てながら別荘に入ってくる。
「まったくもう・・・」
わたしは寝返りを打ち、眠ろうと務めた。しかし、ワルテルと連れあいはそんなわたしをさらに鞭打つ。詳細は書かないが、結局、わたしは6時半近くまで寝返りを打ち続けた。
やっと眠ったと思ったら、すぐに目覚ましがなる。世の中すべてを呪いながらベッドから降りた。建築家はすでに起きている。
「ちょっと待って。支度してから出かけるから」
建築家は今日もわたしの土地に行って、朝陽がどんな方向から、どんな角度から差し込んでくるのか確かめるつもりなのだ。わたちと犬たちは彼に付き合う形で散歩をすませることになる。
7時半に家を出た。マージの便がゆるい。夕飯の肉の量が少し多すぎただろうか。
わたしの土地は朝陽を浴びてきらきらと輝いていた。まだ整地作業がはじまっていないので、ワルテルのリードを放してやる。ワルテルは忙しなくあちこちに移動して、匂いを嗅ぎながら探索しはじめる。探索に飽きると、写真を撮っている建築家の元に駆けていって、遊んでくれと写真撮影の邪魔をする。
わたしは段差に引っかからないように注意深く見守りながら、マージと一緒に土地の中をぐるぐると歩いた。
同じ分譲地でも区画によって陽の当たり方も違う。わたしは自分が買った土地に差し込んでくる陽射しがとても気に入った。明るい家が造れそうだ。
20分ほど写真を撮り続け、建築家は満足そうに頷いた。
「いい土地だね、ここは。もう、いいよ。犬たちと散歩に行こうよ」
犬たちを車に乗せ、すぐ近くにある湯川ふるさと公園に向かった。車でなら1分、徒歩でも5分というところだろうか。犬の散歩のことを考えても、ロケーションは抜群だ。
野っぱらで再びワルテルのリードを外す。ワルテルは道路脇の花壇に近づいてしきりに匂いを嗅いでいる。車が通行すると危険なので、わたしはワルテルを呼んだ。ワルテルは聞こえないふりをする。もう一度、声をあらげて呼んだが、ワルテルはわたしを見ようともしない。
そうか、おれを怒らすつもりなんだな、ワルテル。上等だ。
哀れ、ワルテルは再びリードに繋がれ、二度と好き勝手に走ることはできなくなった。
別荘に戻る途中で、「銀亭」に寄った。時刻は8時10分。果たせるかな、過去2度より豊富な種類のパンが並んでいた。クリームパンと「ブルーベリー・チーズ・ベーコン」というパンを買う。どんな味がするのだろう。さらにカンパーニュを買って店を出る。
当然ながら、連れあいはまだ眠り呆けていた。幸せそうな寝顔が癪に障る。
マージの朝ご飯は、昨夜作っておいたスープ(トマト、白舞茸、キャベツ、煮干し)にご飯、キュウリのみじん切り、レンジで温めたサーモン、すりゴマ、えごま油、各種サプリ。ヨーグルトを買い足しておくのを忘れてしまったな。
ワルテルにはドライのドッグフードにキュウリとサーモン少々。相変わらず、こいつらの食欲には圧倒される。
わたしと建築家は買ってきたパンと牛乳で朝食を済ませる。クリームパンを食べるのは何十年ぶりだ。ブルーベリー・チーズ・ベーコンは思わず目を丸くするほどのコンビネーション。
10時の新幹線で東京に戻るという建築家を駅に送りがてら、マージを病院に連れていく。ワルテルも一緒。組織細胞治療も次の月曜の注射で一段落がつく。来週はマージを連れて東京に戻り、プレマ動物ナチュラルケアクリニックで診察してもらおう。場合によっては、しばらく注射を続けることになるかもしれない。
別荘に戻ってパソコンの電源を入れたが寝不足のせいで頭がうまく働かない。ソファに横になり、うとうとする。そのうち連れあいが起きてきて、わたしの眠りを邪魔した。まったくもう。
二日酔いでなにも食べられないという連れあいを別荘に残して、自転車で駅前に行く。十割蕎麦を謳っている蕎麦屋に入る。店主が横柄で能書きを垂れまくるのはまだ我慢ができる。しかし、なんだこの蕎麦の少なさは? 4口で食べ終わってしまう蕎麦が800円? 蕎麦はそこそこ旨いが、空腹を満たすにはせいろの3、4枚が必要だ。たかだか蕎麦に3000円か・・・せいろを一枚食べて、腹が減ったままだったが馬鹿馬鹿しくなって店を出た。軽井沢の不思議−−勘違い野郎が多すぎる。夏の間は殿様商売ができるのでそうなってしまうのだろう。飲食業が勘違いをしたらお終いだ。本物の上客は決して足を向けない。わたしも、この店には二度と足を運ばないだろう。
なんだかぐったり疲れて、空腹を抱えたままわたしは別荘に戻った。
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朝陽の下で。 |
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マージ、おまえのために買った土地だ。犬馬鹿にもほどがあるな。
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ワルテル、探検中。
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どうやらお気に入りの様子。
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葉っぱがわらわら茂っている場所がワルテルのお気に入り。
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* * *
いつものように4時に仕事を終えて犬たちと散歩に出かける。スポーツパークは相変わらず無人、無犬で、我々は好き勝手に歩き回り、走り回る。
できれば東京には戻りたくないな−−懸命に歩くマージを見ていると、そんなことを思う。
マージがくたびれたと訴えはじめたところで散歩を切り上げ、別荘に戻る。
ケーナインヘルスと馬の肺の肉の晩ご飯。ワルテルにはドライのドッグフードと肺の肉を少々。
シャワーを浴び、犬たちにご飯を与えていると、角川書店のS、S、Eの3人がやって来た。わたしと打ち合わせをすると称して、ゴルフをするために遊びに来たのだ。Sがふたりいるので、今後はボスS、ヒラSと呼ぶ。
ボスSは若いころのマージをよく知っている。なので、老いさらばえたマージを見て愕然としていた。
「マージ、大丈夫?」
「うん。これでも、こっちに来てずいぶん元気を取り戻したんだぜ」
「痩せちゃったな、マージ・・・」
むさ苦しい男が3人もやって来たので、ワルテルはびびっている。特にボスSは声が大きいので怖くてしかたがないらしい。遠巻きにボスSを観察し、近づいてくるとするりと逃げる。
「なんだよ、ワルテル。大きいくせに臆病だなあ」
ボスSは嬉しそうに笑った。
二日酔いが治らない連れあいと犬たちに留守番をまかせ、我々は食事に出かける。久しぶりに「黒うどん 山長」だ。旨い魚介と馬刺をたらふく食べ、白ワインと赤ワインを一本ずつ空にする。
「いいなあ、軽井沢。おれも別荘欲しいなあ」
Eが店に置いてあった軽井沢案内の小冊子をめくりながら呟く。
「女房も働いてるんだから、住宅ローン借りられるだろう? 買っちゃえよ。とりあえず土地だけ買って、家建てる金工面するのきつかったら、トレーラーハウスでも置いておけばいいんだから」わたしはEを唆す。「不動産屋に口きいてやってもいいぞ。その代わり、マージンもらうけどな」
「マージン取るんすか?」
9時前に食事を終え、そのまま「たかくら」に直行する。唯川大姐はいなかったが、旦那さんはいた。11時まで飲んで、別荘に戻る。連れあいはまだくたばっていた。
犬たちと散歩に出、もう一杯だけウィスキーを飲む。理性は「3日連続で飲んでるんだぞ、もうやめておけ」と告げるのだが、どうにもとまらない。ボスSの大声に怯えたワルテルがわたしの横に避難してくる。その頭を撫でながら、わたしはグラスを呷り続けた。
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