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9月12日 軽井沢 60日目
今日も寒い。上着を着こんで犬たちと外に出る。風が吹くたびに、黄色くなった木の葉が紙吹雪のように舞い落ちてくる。秋はもう、すべてをその支配下に収めつつあるのだ。
ワルテルの訓練を兼ねながら、スポーツパークのグラウンドで遊ぶ。徐々に雲がばらけ、きつい陽射しが降り注いできた。気温は15度前後だろうか、日光を浴びると、体感温度が一気に上昇する。
20分ほどで別荘に戻る。
マージには昨日作っておいたスープ(煮干し、エノキダケ、モヤシ、黄パプリカ)に二〇穀米入りご飯。焼き鮭、ブロッコリのスプラウト、キュウリ、すりゴマ、ヨーグルト、えごま油に各種サプリ。ワルテルにはご飯の代わりにドッグフード。付け合わせというか具はどれもマージの半量。
サラダとスクランブルエッグを作り、ハムを焼き、フランスベーカリーのバゲットを切る。秋晴れの空と共に食べる朝飯はとても美味しい。
10時になるのを待って、マージとワルテルを菊池動物病院に連れていく。前回できなかった検査をマージに受けさせるためだ。調子もよさそうだし、わたしもそばにいるので、なんとかマージには頑張って欲しい。
病院についてすぐに、マージは処置室に連れていかれた。30分ほどの時間を、不安と戦いながらワルテルと一緒に待合室で待つ。やがて、わたしは呼ばれて処置室に入った。マージが診察台の上でエコー検査を受けている。先生に促されてモニターを見る。素人には意味不明の画像が映っていたが、先生が丁寧に説明してくれた。
要約すると−−健康な脾臓には見られないはずの黒い陰がいくつかある。水が溜まっていたり、腫瘍があったりするときに見られるもので、脾臓の状態はあまり思わしくない。しかし、これはほえりもんいうところの想定の範囲内。マージの脾臓は健康ではないが、特に悪化しているわけでもない。問題は肺だ。
レントゲン写真を見せてもらったが、素人目にもマージの肺は綺麗だった。先生も年の割にはとても綺麗で、転移の心配はしばらくないでしょうと太鼓判を押してくれた。
よかった・・・検査を終えたマージを撫で、褒める。
「よく頑張ったな、マージ。偉いぞ」
わたしの後ろで、ワルテルがぼくも褒めてくれと吠えている。マージは得意そうに胸を張って、わざとワルテルに近づいた。見せびらかしているのだ。困ったものだ。
「よかったな、マージ。本当によかったな。肺、綺麗だってよ」
呆けたように何度も呟きながら、わたしは2頭を車に乗せた。今日は別荘に掃除が入る予定になっているので、そのままドライブに行くことにした。国道18号を西に向かい、小諸市、佐久市まで足を伸ばす。窓を開ければ乾いた爽やかな風が吹き込んできて、最高のドライブ日和だ。検査の結果を受けて、わたしの心も華やいでいる。もっとも、ドライブを楽しんでいたのはわたしだけで、マージもワルテルもぐっすり寝入っていたのだが。
12時前に別荘に戻り、レンタルビデオ屋でDVDを取り替えてもらい、ついでにマツヤで昼ご飯用のお握りを二つ買う。
パソコンに向かうが、どうにも落ち着かなく、仕事が進まない。数行書いては足元で寝ているマージに視線を落とし、にやけながらマージを撫でる。
「よかったな、マージ」
この日、何度目の呟きだろう。眠りを妨げられて逃げようとするマージを引き留めながら、わたしは呟き続ける。
「癌の進行が止まってるなら、あとは老化との戦いだけだ。頑張れるよな、マージ。おれも頑張るからな・・・」
マージは逃げるのは諦めたというように寝返りを打ち、わたしの呟きを耳から締めだして眠りに就いた。
* * *
午後1時半にお握りを食べ、仕事を続ける。といってもなかなか捗らないのだが。
午後3時にはもう半ば、まともな小説を書くことは諦めていた。パソコンの電源を落とし、ソファに移動してゲラを手に取る。座ったまま読めばいいものを寝ころんだものだから、たちまち睡魔の虜になってしまった。
連れあいに叩き起こされるまでそのまま寝続けた。起こされたのは当然ながら、午後4時。中途半端に眠っただけなので身体が重い。
犬たちと外に出て、とぼとぼと歩く。別荘の敷地内では犬たちはわたしに付き合ってくれるが、スポーツパークではそうはいかない。
ワルテルの遊んで攻撃、マージの嫉妬・・・うまくバランスを取りながら歩き、遊ぶ。
マージは下痢をした。病院で感じていたストレスのせいか、あるいは、朝ご飯が多かったか(食べてくれるのが嬉しくて、つい多めに与えてしまう)。いずれにせよ、明日のご飯は量を減らそう。
疲れが見えてきたマージを車で休ませ、訓練を交えつつワルテルと遊ぶ。ステイとカム、座ったままのステイ、ダウンしたままのステイ。そして、ぶんぶんボールの引っ張りっこ。運動不足を痛感しながら10分でギブアップする。
別荘に戻ると、徳間書店のK女史とK君がすでに到着していた。新刊の「楽園の眠り」の見本をわざわざ届けに来てくれたのだ。
いつもなら家の中から来客に吠えまくるワルテルだが、今日は来客が自分より先に縄張りに腰を落ち着けているので戸惑っている。なんで? なんでぼくの縄張りに知らない人がいるの?−−わたしとK女史たちを交互に見ながら、吠えるべきかどうか考えている。
「吠えなくていいんだよ、ワルテル」
マージとワルテルの後始末を連れあいに任せ、わたしは犬たちの晩ご飯を作る。
ケーナインヘルスに鶏ササミ肉。下痢もあったから、量は減らす。きっと、マージは食べた後で不満を漏らすのだろうな。ワルテルにはドッグフードと鶏ササミを少々、それに各種野菜のみじん切り。
珍しくマージが先に食べ終わり、ワルテルの方に近寄っていく。案の定、食い足りないのだ。ワルテルはちらりとマージに視線を走らせ、横取りされてなるものかと食べる勢いを増した。マージはわたしを振り向き、横取りしたらしかれることを悟ってふんと鼻を鳴らした。
「たくさん食べたかったら、下痢するなよ、マージ」
そうはいってみたものの、食べているワルテルを見つめる目があまりに真剣だったので、心が揺らいでしまう。一昨日、「藤村」でお土産にもらったふかしイモを一口分だけ、与えてやった。ようやく食べ終えたワルテルが自分にもくれとすっ飛んでくる。
「わかった、わかった」
ワルテルにもイモをくれてやる。
我々はまた外食だ。別荘のすぐ近くにあるイタリアン、「プリモ・ピアット」へ行く。「プリモ」の2号店なのだが、「プリモ」とはまったく趣が違う。あちらはカジュアルだが、こちらはフォーマル。あちらはオーソドックスなイタリアンだが、こちらは和食の要素をふんだんに取り入れている。
前菜のフォワグラをソースに絡めて口に放り込み、わたしは思わず連れあいと目をあわせた。
「旨い」
「美味しいね」
あうんの呼吸である。たった一口だけで、ここが軽井沢に来て初めて、食べて感動できる「高級洋食」の店だとふたり同時に認識したのだ。メニューにはAコースとポーションの多いBコース、それにアラカルトがあり、我々は全員でBコースを注文した。K女史は食が細く、いつも食べきれない分をK君に食べさせるのだが、そのK女史がコースをすべて平らげた。
つまり、美味しいということだ。量も考えられているということだ。地ワインの井筒銘柄の白と赤も思いの外美味で、我々は晩餐を大いに堪能した。帰り際にはわざわざシェフを呼んでもらって「美味しかったです。また来ますね」と挨拶したほどだ。
もっと早く来ておけばよかった。禁煙だということで躊躇っていたのだが、この味とサービスならば、2時間、煙草を我慢することぐらい厭わない。
K女史とK君は最終の新幹線で帰京した。わたしと犬たちはいつもの夜の散歩−−マージはオシッコのみ。ワルテルは自転車走。
ウィスキーを飲み、葉巻をふかし、ゲラを読む。気がつけば午前1時で、わたしと連れあいは犬たちにおやすみを告げ、ベッドに潜り込んだ。
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| 悪い犬:あ、おまえ、なんでベッドに乗ってるんだよ!? |
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| 反抗する犬:なんでマージはよくてぼくはだめなのさ?(この後、こっぴどく叱られた)
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| ファインダーを覗かずに撮ったら、なんかアートっぽい写真に。
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| こんな感じにもなるのね。
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| 恒例になりつつあるぶんぶんボールの引っ張りっこ。
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| よく飽きないものだ・・・。
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