軽井沢日記
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9月13日 軽井沢 61日目

 心地よい気温だった。別荘地の林は朝陽を受けてきらきらと輝いている。恒例になりつつある夜間の雨も、昨夜はお呼びではなかったらしい。
 外に出ると、マージは張り切って歩いた。どうやら体調も絶好調らしい。ウンチはしなかったが、下痢も治まっていると見ていいだろう。ワルテルもいつもと変わらず。おカマスタイルでオシッコをし、大量のウンチをひり出す。別荘地の林の中は気温が低く、わたしは上着を羽織って出てきたのだが、スポーツパークのグラウンドはすでに日なたに占領されていて、太陽の下にいるとかすかに汗ばんでくる。
 上着を脱ぎ捨て、犬たちと遊ぶ。朝露で足が濡れても、犬たちはおかまいなしだ。最初はまた訓練でおやつがもらえるのかとわたしのそばを離れなかったワルテルも、やがて好き勝手に移動しはじめる。わたしはマージと歩き、マージを撫で、マージを慈しむ。ワルテルがかなり遠くにいるのを確かめて、ジャーキーを入れた容器を取り出す。
「マージ、ワルテルには内緒だぞ」
 ジャーキーを与え、ワルテルの方を見る。ワルテルは歩き回るのをやめ、じっと我々を見つめていた。距離にして百メートル弱。そんな先から、おやつをもらうマージを見つけたのだ。
「カム」
 わたしは叫ぶ。ワルテルは待ってましたとばかりにダッシュした。100メートルを5秒フラット−−そういいたくなるスピードで走ってくる。
「よくわかったな、ワルテル」
 ジャーキーを与え、ワルテルの頭をくしゃくしゃに撫でた。
 おやつがあることがわかると、犬たちの態度も激変する。マージは休むことなくわたしの後について歩き、ワルテルも片時もわたしのそばを離れない。やがてマージが歩き疲れるのは目に見えているので、少しずつ車の方に2頭を誘導していく。
 マージを車で休ませ(もちろんエンジンをかけ、エアコンを効かせておく)、残りのジャーキーを使ってワルテルに訓練を施す。うまく命令に従えばジャーキーを与え、時にジャーキーなしで褒めるだけにする。だだっ広いグラウンドでわたしの姿がどこからでも見えるため、ワルテルはおとなしくステイしていることができる。訓練を次の段階に移行する時は、視界からわたしが外れてもステイできるようにしたいものだ。
 車の中にひとり残されたマージの機嫌が悪くなるのは10分すぎ。その10分を使って、目一杯訓練に集中させる。最後のジャーキーを与え、褒めてやり、リードをつける。ワルテルは満足そうにわたしのすることに従った。
 車に戻り、ひとりでちゃんといたことを褒めてやってから、マージにもジャーキーを与える。マージも幸せそうだった。
 別荘に戻り、朝ご飯の支度。マージには作り置きのスープに二〇穀米入りご飯(いつもの3分の2の量)、子持ちシシャモ、ヨーグルト、各種野菜のみじん切り、すりゴマ、オリーブオイル、各種サプリ。ワルテルにはご飯の代わりにドッグフード。
 食欲が落ちないことを感謝しながら食べる犬たちを見守る−−おっと、そんなことをしている場合ではない。今日の人間の朝飯は手間がかかるのだ。
「藤村」でお土産にもらったうどんの種を半分に切り、まな板の上で丁寧に捏ねる。充分にコシが出てきたら、親指の先大に千切って丸め、中央に窪みをつける−−すいとんならぬ、うどんのニョッキ風だ。
 ニョッキを茹で、市販のミートソースに玉子を落として混ぜ合わせておいたソースの中に投入する。それをオリーブオイルを敷いたフライパンで火を通す。
 うーん、ちょっと茹で時間が足りなかったか。それでも、弾力があってもちもちしているなんちゃってニョッキは美味だった。
 うどんの匂いが気になるのか、調理の最中も食事の最中も、マージはわたしに張りついていた。
「これはパンじゃないぞ」
 そう伝えても、ただただ真摯な眼差しでわたしを見つめている。この食欲、嬉しいかぎりだ。
 連れあいは清水さんの奥さん、五月ちゃんと買い物に行くといって出かけていった。去っていく連れあいの後ろ姿をワルテルがいつまでも見送っている。寂しいのではない。どうして自分は連れていってもらえないのかと考えているのだ。

おやつ? おやつ?? おやつぅ???
おやつ? おやつ?? おやつぅ???
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散歩の後、身繕いをするマージ。女のたしなみかな。
散歩の後、身繕いをするマージ。女のたしなみかな。
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出かけていく連れあいの後ろ姿をいつまでも見つめるワルテル。
出かけていく連れあいの後ろ姿をいつまでも見つめるワルテル。


* * *

 昼飯はバゲット3切れ。軽井沢に来て太った分を、そろそろなんとかしなければならない。空気がうまいと、つい食べ過ぎてしまうのが難点だな。
 4時に仕事を終え、散歩の支度をしていると、横浜の小悪徳不動産会社フレストムの社長、米山がやって来る。小悪徳(こあくとくと読んでください)だが、我が家に対してはまっとうに業務をこなしてくれるうい奴だ。明日、連れあいとゴルフをするためにやって来たのだ。
 到着したばかりの米山を歓待することより、当然犬の方が大事なので、そそくさと散歩に行く。米山は別荘で留守番だ。
 スポーツパークに行き、たっぷり犬たちと遊ぶ。ぶんぶんボールの引っ張りっこは疲れる。
「ワルテル、ボールを追いかけて遊ぼうぜ」
 わたしは嘆息するが、おやつがもらえるかもしれないと思っているワルテルはわたしのそばを離れようとしない。結果、引っ張りっこがはじまってしまうのだ。マージが機嫌を損ねるといけないので、ワルテルを引きずりながらマージの周りをぐるぐると回る。もちろん、声をかけながら。マージは顔をほころばせ、わたしとワルテルを楽しそうに見つめている。
 マージの優しい、穏やかな笑顔が大好きだ。そんなふうにマージを笑わせるためなら、どんなことだってできるという気になってくる。
 癌が酷くなっても、老化がますます進んでも、いつもそばにいてやる。だから、笑っていてくれ、マージ。
 ワルテルとの引っ張りっこを終えると、わたしはマージを抱きしめる。ワルテルの肉体は若々しく、いつも弾んでいる。マージの肉体は穏やかで柔らかい。どちらを抱きしめるのも、わたしは好きだ。
 別荘に戻り、米山に飲み物を出してやる。米山は大量のチーズをお土産に持ってきてくれた。ありがたい。
 マージたちの晩ご飯の支度をしていると、連れあいが戻ってきた。今夜の晩餐をどこで取るか、相談する。米山が和食系が食べたいというので、軽井沢駅前の「OGOSSO」というお洒落和食に行くことに。一度、行ってみようと思っていたのだ。
 マージにはケーナインヘルスに馬肉。ワルテルはドッグフードと生の馬肉少々。
 今日のワルテルのメニューは実験の意味合いが濃い。生肉を食べると下痢をするのではないかと疑っているのだ。これで、ワルテルが明日下痢をすれば、生肉はもう与えられない。
 犬たちが食事を終えるのを待って、「OGOSSO」に向かう。しかし、残念なことに満席で店には入れなかった。代わりに、すぐ近所にある「麦とろ 吉兆夢庵」という店に入る。ほとんどの料理が及第点以上で美味しかったが、麦とろにつき物の牛タン焼きだけが不味い。なぜ? メニューにはアメリカ産の牛が手に入らないので、代わりにオーストラリア産を使っていると明記してあった。そのせいだろうか。他のものが美味しかった分、牛タンの不味さが強調されて残念至極。最後に麦とろを頼んだのだが、これが失敗だった。胃がパンパンに膨れてしまった。美味しいから2膳も食べてしまったのが敗因だ。
 8時過ぎに別荘に戻る。余りにも胃が苦しいのでベッドに横たわった。目を閉じ、目を開けたと思ったら、もう10時を回っていた。居間では宴がはじまっており、なぜかアロー建設の清水さんまでいる。
「どうしたの?」
「時間があるっていうから、遊びに来ないって呼んだの」
 なるほど。寝ている最中、ワルテルが吠えるのを夢うつつで聞いていたが、あれは清水さんが来ていたのだ。
 犬たちと散歩に出かけ、戻ってきて宴に参加する。赤ワインにチーズ。チーズ好きの米山がわざわざ持ってきてくれただけあって、チーズは旨い。ワインとの相性も抜群だ。
 2時間寝ていたというのに、12時を過ぎるとまた睡魔が襲いかかってきた。宴たけなわで盛りあがっている三人におやすみを告げ、あわたしひとり床に就いた。すぐにマージとワルテルもやって来る。
「落ち着かないか、マージ。でも、たまにのことだからゆるしてやれよ」
 わたしはマージとワルテルの頭を撫で、目を閉じる。居間では酔漢と酔女たちが騒いでいるが、あっという間に眠りに落ちてしまった。

   
犬たちと米山。
犬たちと米山。
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チーズを切る米山に群がる犬たち。
チーズを切る米山に群がる犬たち。






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