「指が……」
『マンゴーレイン』の書き直しがやっと終わった。そのせいで気が緩んだわけでもないのだろうが、晩飯の仕度をしている最中に、左手の小指を包丁でばっさりやってしまった。
大根を切っていたのだ。その最中、連れあいから声がかかり、ふと横を見た瞬間、ざっくり。ああ、切っちまったよぉ、血がどくどく溢れてきてるよぉ、参ったなぁ……あれ? なんかおれの指の形おかしくないか? 切れてるどころか、削れてるじゃねえか、これ。指先が1ミリぐらいなくなってるよぉ!!
切ったのではなく、削ってしまったことに気づいた次の瞬間、冷や汗がどっと噴き出てきて、人間というのはつくづく感情の生き物だなあと思ったのだが、しかし、わたしの左の小指は今でも消毒液を塗った脱脂綿をテーピング用のテープでぐるぐるに巻きつけてとめてある状態にある。3日、血がとまらなかったが、昨日、ようやく血がとまっていることを確認した。ふう。
しかし、小指が使えないということが、これほどストレスの元になるとも思わなかった。キーボードのAのキーが打てないんだもん。日本語をコンピュータ上で書くときにもっとも頻繁に使うキーを、いつもの指で打てないんだもん。もう推察がついてると思うが、わたし、親の仇のようにキーを叩きまくる人間なんだもん。いらいらするったりゃありゃしない。
しょうがないから薬指でAのキーを打っているのだが、手のポジションがいつもと数センチ違うだけでタイプミスが飛躍的に増えてしまうのだなあ。ムカつく。ワープロを手始めに、キーボードで文章を書くようになって二十年。その間に身体に刻みつけられた動きってのは、もう、変えようがないな、こりゃ。親指シフトにこだわるおじさんたちの気持ちがよくわかった。
小指に怪我をして不便なことがもうひとつ。この時期に、シャワーを浴びるのがとてつもなく大変だということだ。左手をラップでぐるぐる巻きにするのが、もう、めんどくさい。片手で身体を洗うのも億劫なら、片手で髪の毛を洗うのも億劫だ。それなのに、マージと散歩に出かけるたびに、汗はだらだらだらだらととめどもなく流れてくる。不快指数百パーセント。だれかれかまわず喧嘩を売りまくりたくなる。危険な兆候なので、外出も控える、となれば、ますますストレスも溜まっていく。
嗚呼……。
『マンゴーレイン』を書き終えたからといって、休めるはずもなく、次は『生誕祭』の直しにかからなければいけないというのに、やる気はゼロ。どないしようか。夏なんか嫌いだ、バーロ。夏休みなんかもっと嫌いだ、バーロ。車もぜんぜん運転してねえ、バーロ。おれの車は真っ黒でその上青空駐車場に置いてあるから、昼間は近づきたくもない、バーロ。新聞を読んでいてムカつく話もいっぱいあったんだが、小指のせいで全部忘れちまった、バーロ。
ああ、本当に夏は嫌いだ。小指のせいだけじゃないんだな、これが。
ということで『マンゴーレイン』は九月に角川書店より発売されます。詳細が決まり次第、インフォメーションのコーナーに発表します。
(2002年7月24日掲載)
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