Hase's Note...


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「慶応大学」

 もう半分以上が休講だったのだが(講義のある日とマージを病院に連れていく日が重なったためだ)、なんとか慶応大学で「現代芸術U」という半期の講義を勤め終えた。
 どうしてこんな仕事を引き受けたのかといえば、今時の大学生がどういうものなのか知っておきたいというのが最大の理由で、たとえば、世間でいわれているほどにやつらは馬鹿なのか、学力が低いのか、とかいうことも興味の対象ではあった。
 講義といったって10回もやってねえだろうし(おそらく)、わたしが一方的に喋るだけで(質問ないか、と訊いてもなんの反応もなく、講義が終わると、ちょっと訊きたいことがあるんですけどとやってくる。この辺は今の学生阿呆だと思う)、出席もとってないし、某アホ丸出しの編集者から「馳さん、慶応の女子大生と合コンやらせてくださいよ」ともいわれていたのだが、結局学生との交流はゼロに等しかったし、マージのこともあったので、それもなし。引き受けなきゃ良かったなあこんな仕事、とぶうたれつつ香港に行き、家に戻ってきて驚いた。
 慶応大学からとんでもなくでかい宅配便が届いていたのだ。レポートである。「馳星周の著作を読んでその内容について論考せよ」が自分で出したレポートのテーマだし、レポートが家に届けられることはわかっていのだが、なんだこの量は?
 あわてて過去に慶応大学から送られてきた資料に目を通して驚いた。わたしの講義にはつねに80人前後の学生が出席していて、それがわたしの講義を受講する生徒の大半だと思っていたのだが、資料によれば、291人。わたしの予想の3倍以上のレポートが送りつけられてきたというわけだ。
 こんなことならレポートなんてやらなきゃよかった、しかしかといって試験なんでやってられんし、学生のことなんにもわからんのだから、他のことでも成績なんぞつけられん。成績を決めて学事部に書類を提出する締め切りはきっちりと決められていて、とにかく、なにがなんでもレポートを読まなければなってしまったのだ。
 泣いたぜ、まじで。大学の先生ってのは、いつもこんなことをやってんのか。信じられねえ。
 まあ、読んだ。もう、読んだ。読んでわかったのは、今の学生、それほど馬鹿じゃないということだ。馬鹿さ加減だと、わたしの学生時代とかわらんのではないか。馬鹿ではないが、しかし明らかなのは、この世には自分とは考えを異にする他者がいるのだという想像力に決定的に欠けている点か。それと、本物の馬鹿の馬鹿さ具合がとんでもないという点か。いや、しかし馬鹿中の馬鹿とでもいう存在はわたしの時代にもいたし、どの時代にもいる。ってことはやはり我々と(あるいはわたしと)決定的に異なるのは想像力の欠如ということになる。痛みというものを想像できない若者が、この国にはごまんといることになる。なるほど、これは収穫ではあった。
 未提出者もそれなりにいたのだが、それでもおそらく200本前後のレポートを読んだ−−泣きながら。時々めげたのは「わたしはこう見えても一応慶応の学生なので、歌舞伎町の中国人の抗争には縁もゆかりもありません」などと書いてくる学生がいることか。
 おいおい、まじかよ? 社会に出たら、慶応出身なんて肩書き、クソの足しにもならないんだぜ。そんなちゃちなことでエリート意識持ってんのかよ、まじで。おじさん、驚いちゃうぜ、てなもんである。
 あるいは、「わたしはハードボイルド小説を読むのは初めてだ」とか。だからよ、講義でおれの小説はハードボイルドじゃねえっていっただろうが、あ、その時の講義、受けてねえのか……。
 疲れるんだ、これがまた。
 しかしそれでも読みました。読んだよ。とはいっても、仕事に追われながらだし、時にやけ酒飲みながら読んでもいたので、つけた点数はまさにその時々による恣意である。もともとがでたらめな人間だから、つけた成績もでたらめだ。そう思っていた方が確かだな。
 後日、競輪関係の席で関西大学の植島啓司先生にこのことを話したら、「だから普段から出欠取って、生徒をふるいにかけておかなきゃならないんですよ」と叱られた(別に叱られたわけじゃないが)。なるほどねえ。しかし、学生時代、出席を取らない教授陣に感謝しまくっていた身としては、自分の立場が変わったから出席取るってわけにもいかねえもんなあ。
 まいいや、こんな仕事、2度としないし。

(2003年2月5日掲載)

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